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記事一覧

今ここに帰ってくる

沢木興道老師の「頭で天を衝き、腰を大地に埋める」[ まぶた ] と[ Agito (上はぐきの前面) に舌をつけ ]この二壁で、上は閉じてますそして下方に壁が、「 お尻りの締まり 」上下二壁強固ですと「頭で天を衝き、腰を大地に埋める」 は跳ね返され、内へ帰って来ます「 今ここへの帰還 」....

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戒を修すれば

正法眼蔵 出家功徳    ( 6 )復 mata 次に出家して戒を修すれば無量の善律儀 zen-ritu-gi 一切を具足して満ずることを得是を以ての故に、白衣 byaku-e 等 応当 masa に出家して具足戒を受くべし ( また次に出家して ( 威儀坐禅を指針とする時 ( 生活全般のリズムが ( 威儀坐禅に寄り添います ( それ故、今在家にあるなら出家し ( 戒の集約である ( 坐禅に親しむ事が、理想です....

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坐禅と返照

沢木興道老師の「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 上は、まぶたと[ Agito(上歯茎の前面)に舌をつけ ]を壁とします下は身体中央腹底を、壁としますこの二つの壁が、鏡面となります二つの壁を、思いっきり打つどれだけ打っても、空振りにならず反響として帰って来ます....

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動止 心常 tune に一なり

正法眼蔵 出家功徳    ( 5 )衲衣 no-e にして乞食 kotu-ziki を行ず動止 心常 tune に一なり自ら智慧の眼を以て諸法の実 zitu なることを観知す種々の法門の中に、皆以て等しく観入す解慧 ge-e の心 寂然として三界 san-gai に能く及ぶもの無し是を以ての故に知りぬ出家して戒を修し行道するを甚だ易しと為す ( 袈裟を掛け、町で食を乞う ( 日頃に心を整える ( 坐の十字架に身を掛ければ ( 外が明るく、内が暗...

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記念碑を建てる

私達の深奥の自我その由来は、神々の分家筋でもまだ未熟なので大気圏外から、この地上に働きかけ地上に、この身と言う記念碑を建てこの記念碑を通し眼下に、「 私 」 の反映を感じ神々の「 私 」 を学ぶはずだったそれがある理由から地上の、この身に深く入り込んだこの身の中にしか、自分を感じられない眼下に望む記念碑でなくこの身は、生死に囲まれた牢獄になってしまったこれを、本道へと戻そうです....

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閑 sizuka に林樹の間に坐す

正法眼蔵 出家功徳    ( 4 )閑 sizuka に林樹の間に坐して寂然 zyakunen として衆悪を滅す恬澹 ten-tan として一心を得たり斯 ko の楽は天の楽に非ず人は富貴 hu-ki の利名衣 myo-e 、好 yo き牀褥 syo-niku を求む斯の楽は安穏に非ず利を求るに厭足 en-soku 無し ( 静かに林間に坐し ( この身を、坐の十字架に掛ける時 ( 諸悪は取り付く島を失います ( よって、心は淡く安らぎます ( この楽は 天上の楽に...

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思考感覚を凌駕するもの

美しい ・ ・ 魂を揺さぶる風景に 出会う時があります 沢木興道老師の 「頭で天を衝き、腰を大地に埋める」 こうして身体を掛けるハンガーを創り 身体をそこへ投げ掛ける 身体に由来する思考知覚を捨てても 美しい ・ ・ と言う衝動は残る 美は、思考感覚を凌駕してるものかも知れません ....

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空野無人の処に在りて

正法眼蔵 出家功徳    ( 3 )若し出家せば譬へば人有りて出でて空野無人の処に在りて而 sika も其の心を一にし無心無慮なるが若し内想既に除こほり外事亦去る偈 ge に説くが如し ( もし出家したならば ( 例えば 人が外に出て ( 人気のない広い野原にあって ( その心を一つにまとめ ( 思い煩いから離れるようなものです ( 心の荒波と言う ( 日常から離れる様は ( 次の詩に、説かれている通りです....

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後方の白浪

姿勢を正す事と 坐禅には何の関係もない 極論は、そうなります 前者は、それが見た目であれ 体感であれ、その結果(姿勢) を重要視します 後者は、その結果(姿勢)が どんなに素晴らしくとも 重要視するのは その働きをなした、その大本です 実感能わずな「深奥の自我」 大型船舶後方の白波 それを重要視しないから 身体は、ハンガーにかかり くつろいでいられる ....

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一向専心に行道 gyo-do せん易し

正法眼蔵 出家功徳    ( 2 )若し出家なれば離俗して諸の忿乱 hun-ran を絶し一向専心に行道 gyo-do せん易しと為す復 mata 次に居家は憒閙 kai-nyu にして多事多務なり結使 ke-si の根衆罪 syu-zai の府なり是を甚 hanahada だ難しと為す ( 出家とは ( いきどうる事が多い生活を離れる事です ( 坐禅修行に専念しやすくなります ( 日常は騒がしく多忙です ( 心が乱れる所以です ( その心が多くの罪を引...

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鏡像においてのみ 実感できる

ハンガーにスーツを掛けるととうぜん、両方見えます坐禅の場合だとくつろいでる身体は見えますが身体を掛けてるハンガーは見えません「 気 」 を 「 威儀 」 を「 熱 」 を 「 私 」 を送り込んでるそれらが見えないハンガーの実体「 送り込んでる 」 以上その立ち位置は身体の外にある?「 私 」 とは、その鏡像においてのみ実感できるもの坐禅(威儀)をする事が悟りであるゆえんです....

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スーツ&ハンガー   1

ハンガーは、きちっとしててスーツは、無力でくつろいでます威儀を送り込んで内から充満し、形が成立するこの坐禅においても身体は、無力でくつろいでる身体に負荷がかかってない先人方が坐禅を続けられた所以でしょう....

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復 mata 何 nan ぞ出家戒を用いんや

正法眼蔵 出家功徳    ( 1 )龍樹 ryu-zyu 菩薩 bo-satu 言 notamawa く問うて曰 iwa く居家戒 kyoke-kai に若 sitaga へば天上に生ずることを得 e菩薩 bo-satu の道を得 e亦 mata 涅槃 ne-han を得 u復 mata 何 nan ぞ出家戒を用いんや ( 龍樹菩薩は述べられた ( このようなお話しがあります ( 仏の教えによれば ( 在家の戒 kai をなすなら ( 天上界に生まれることも ( 菩薩の道を得ることも ( また...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)   6

「 物質的な人生の中で   生を尽くす自我とは何でしょう   それは、エーテル体(形) の内的な充満です   自我は内的なエーテル体を鏡にして   エーテル体の内壁に   自らを映すことが出来ねばなりません  」 ...................................ルドルフ・シュタイナー 彫刻や陶芸は 石や土に対し、外から手を加えます 外から、形づくる 創世記の人の誕生はどうでしょう 「 神は、土の塵で人を形づくり   ...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)   6

「 物質的な人生の中で   生を尽くす自我とは何でしょう   それは、エーテル体(形) の内的な充満です   自我は内的なエーテル体を鏡にして   エーテル体の内壁に   自らを映すことが出来ねばなりません  」 ...................................ルドルフ・シュタイナー 彫刻や陶芸は 石や土に対し、外から手を加えます 外から、形づくる 創世記の人の誕生はどうでしょう 「 神は、土の塵で人を形づくり   ...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)  5

威儀を正すなら上下ベクトルを打ち込むなら我が身は 「 対 象 」 となるはず = 坐禅となるはずでも、ただ坐っても我が身が、対象にならない坐禅にならないのは、何故なのか?このように展開するなら我が身は 「 対象 」 の反対自我の牙城となっちゃいます2.と 3.の間に重要な認識が必要となります身体内壁の充満 形 (エーテル) の充満とは何でしょう 上下ベクトル・威儀にて 身体へ打ち込まれた 「 自我 ...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)  4

ルドルフ・シュタイナー先生のレポート「 私 」 は物質界に由来しないこれだけ聞くと、 ?を通り越して苦笑軽蔑となる、これは予想されますそれくらい「 私 」 は、この身の中にいないと安心しないと言うかこの家(この身)の中にいるのが、「 私 」これに馴れてるしかし、十分な観察熟考を経ればそれはありえると、誰でも予感出来ます十分な観察とは何でしょうこの身が 上下ベクトルを打ち込む 「 対 象 」 となっ...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)  3

可愛い我が身は上下ベクトルを挿入する 「 対 象 」そう、客体化されます道元禅師はこれを 「 出身の活路 」と述べられたではあなたは、何処にいるの ?そう、続きます「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」....................................... 沢木興道老師 こんな単純な事ですが我が身が対象化されちゃうこの身に 「 私 」 がいないなら私は、何処にいるのでしょう五感で感じる世界 目や耳に映る世界これ...

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)  2

「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」....................................... 沢木興道老師 身体の内側に上下のベクトルを挿入するこの時、可愛い我が身は上下ベクトルを挿入する 「 対 象 」「 可愛い我が身 」 が客体化されてる「 可愛い我が身 」 が客体化された対象ってあなたは、何処にいるの ?....

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坐禅の仏道たる所以 (yu-en)  1

「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 ....................................... 澤木興道老師  こんな簡単な事が どうして仏道となるのでしょう 熱を、内側に送りけり熱気球 外側を温めても気球は上がりません 坐禅も、形(身体)の内側から上下に張る 形(身体)の内側へ熱を送るとも言えます これを、思想信条とは言え...

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今 ここに戻って来る  16

過去からの流れ、未来からの流れそして五感で感じる現実が、今ここでが出合うそうですか、と静かに坐してもむしろ混乱するばかりで、とても見てられないあほくさ、と坐禅を否定せざるを得ないこれが現実かと欲望や不安、この嵐に引きずられてただ立ちすくんじゃう、むしろ混乱しちゃうでは何故、この図でうまく行くのでしょう植物や動物、そして人今の形が保たれてるのって過去からの力、遺伝子の力だけでなく遠方、遠方も遠方黄道...

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今 ここに戻って来る  15

「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」....................................... 澤木興道老師 こう垂直に身を正すならエーテルに熱を働きかけるなら一方からは今を規定する過去が一方からは、今を誘導する欲望が今ここに流れて来る、でしたでは、この図の下は何かです威儀を正し、形(エーテル)が十分に満ちるならその垂直の矢に対峙するものは目や耳で感じる現実、物質界と言えます威儀を正し、形(エーテル)を満たす時今...

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今 ここに戻って来る  14

「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」....................................... 澤木興道老師 威儀を正し、形 (  エーテル ) に熱を送りその充満をなしますこれは、形に対し垂直に行う.....................色付けされた所は坐の形(エーテル)ですこのエーテルの特性は時間です今を規定する過去からの流れでは図の右側、未来との関係はどうでしょう.....................威儀を正し、形(エーテル)が充満するなら左から...

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やはらかなる容顔

菩提薩埵四摂法 46bodai-sa-ta-si-syo-boこのゆゑに、明主にも暗人にも同事の道理あるがゆゑに同事は薩埵 sa-ta の行願 gyo-gan なり ( このように誰においても ( 同事すなわち  ( 「 一 致 」 の道理があります ( 対象に一致する事は、菩薩の誓願ですただまさに、やはらかなる容顔をもて一切にむかふべしこの四摂、おのおの四摂を具足せるがゆゑに、十六摂なるべし ( 柔らかな容顔で ( すべてに向き合う...

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今 ここに戻って来る  13

熱気球の 「 形 」 は内壁から押す 「 熱 」 で形成されます「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」.............................. 澤木興道老師 熱気球に似てます、坐禅では威儀を正し、内側からエーテル(形)を張る...

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今 ここに戻って来る  12

形 ( エーテル ) に対して垂直に打ち込まれた [ 自 我 ]  とは何でしょうかルドルフ・シュタイナー先生はこれが 「 判 断 」 だと、述べておられる一方、判断なら私達は日常、無数に行ってる日常の判断とこの垂直の判断は、違いがあるはずですこのエーテルは、形を司るものですその力は、遥か星雲からやって来ます星雲星座とは何でしょうそれは、大いに移り変わり行くものそう 「 時間 」 です一千年スパンで星...

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今 ここに戻って来る  11

円の内側、色付けされた所は 形の主、エーテル とします 澤木興道老師の 「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 これは背伸びする事じゃなく この形 ( 身体 ) を 内側から、目一杯張ることだと言えます 坐禅とは、しぼんだ風船をしゃんとさせる事 そう、言えなくもない また、当然それだけじゃない、は明らかです 「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 この図では、上下二矢で表現してます これを一矢にまとめると ・...

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今 ここに戻って来る  10

形 ( 身体 ) の内壁を「 内 鏡 」 と呼びうるでしょうかこれには、事前学習が必要ですまず、形 (閉じたもの)が成立するには、遺伝子だけでなく現在進行形で働いてる黄道十二宮のような遥か彼方の星々からの力も関与してる、という認識ですルドルフシュタイナー先生が述べられてる「 エーテル界 」 からの恩恵ですヘリウムガスを入れたゴム風船ですこの形が保てるのは中に入ってるヘリウムガスのお陰です抜ければ、...

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今 ここに戻って来る  9

禅僧がしてた威儀その主眼は、真の自我の発露だったろう言葉を使い分けてみます「 真の自我の発露 」 と「 我を通す 」 と他者との比較競争それを原動力基幹とするのが「 我を通す 」毀誉褒貶・他に関わらず自らの心魂・精神・身体それらと格闘するのが「 真の自我の発露 」前者が、 「 外見 」 後者が、 「 内鏡 」  重視に対応してる....

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今 ここに戻って来る  8

身体を (形) として見るこれが、坐禅の特徴と言えます威儀 igi を正すこれは礼儀のようでもあります人間関係、社会性を持ってますしかし、禅僧がしてた威儀はその主眼は、真の自我の発露だったろうこれは容易に推測されますゴッホやゴーギャンのように人の評価に関わりなくその創作情熱が尽きなかったから....

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今 ここに戻って来る  7

これは、黄金比 ( 1 : 1.61 ) を示した、レオナルド・ダヴィンチの作品人は、身体 (形) の中で 身体を伸ばすことも出来る そのようにも読めます 人は見た目が九割 外見はとても大事なので 身体 (形) の内側から張る と言う発想は、遥かかなたです 「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 .............................( 澤木興道老師 ) 身体 (形) の内側から 身体 (...

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今 ここに戻って来る  6

電気・ガス・水道普段その重要性は意識されない駅やガソリンスタンドもあいてて当然な感じでしかし、そのサービスは膨大な努力で維持され提供されてる、これは事実ですI n g (現在進行形) で支える人がいるから、そうなってる人の形は、どうでしょう可愛いワンちゃんも、可憐な花もその姿はただ遺伝の力で、その形が形成されてる、って単純な事でしょうか明治は遠くになりにけり昭和は遠くになりにけりそして夜空を見上げ、と...

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今 ここに戻って来る  5

植物が動物が人がこのような形、してるのってこの「 エーテル 」 の力によるものだこの力は天球の星々からもたらされる       (ルドルフ・シュタイナー)そして、澤木興道老師の坐禅の要諦です「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」私達は、身体(形)の中に住んでます「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」 とは身体(形)の内壁を、内側からコツンと叩く事内に閉じてる 「 エーテル体 」( それは形成力なので...

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今 ここに戻って来る  4

植物は、太陽の恵みだけじゃなく天球の星々からも、その成長力を受け取ってる高山植物の多様性可憐さを見るとその形成力は、天空から来てるかも ? てこの力は目には見えないけど植物のみならず、動物や人にもはたらいてる植物が動物が人がこのような形を維持してるのってこの「 エーテル 」 の力によるものだこの力は天球の星々からもたらされるこれが、ルドルフ・シュタイナー先生のレポートです死ぬとこのエーテルの力は身体...

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今 ここに戻って来る  3

「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」澤木興道老師の坐禅の要諦これで、身長が伸びるでしょうか? 否「 M a x になる 」 とは言えます身体を、端から端まで機能させるとも言えます身体を、端から端まで機能させれば何も、天上を見上げなくても天上の端に当たるのではないか?これは、坐禅の秘密を解く命題と言えます....

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わが明主をいとはざる

菩提薩埵四摂法 45bodai-sa-ta-si-syo-boむかしすなほなりしときは国に賞罰なかりきかのときの賞罰はいまとひとしからざればなり ( 人々が正直であった時代 ( 国に賞罰はありませんでした ( 当時の賞罰は、今とは違いますいまも賞をまたずして道をもとむる人もあるべきなり愚夫の思慮のおよぶべきにあらず ( 今日も褒賞に関係なく ( 道を求める人があるべきです ( 愚かな人には理解出来ないことですが明主はあ...

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今ここに戻って来る 2

無限大の直径? これが理解出来れば澤木興道老師の坐禅の要諦「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」これが、生きる力となります(頭で天を衝き) と  (腰を大地に埋める) それで、今 ここに戻って来ます なぜ、そうなるのでしょうこれは空間のイメージを無限まで拡大するとそこで 「 時間 」 に出会うから直線の端の A・B を∞に伸ばしてもこの二つがまた出会うとは思われませんしかし、空間上の無限とは「 時間 」...

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賞罰ありといへども、人をいとふことなし

菩提薩埵四摂法 44bodai-sa-ta-si-syo-boいはゆる明主とは、帝王をいふなるべし帝王は人をいとはざるなり人をいとはずといへども賞罰なきにあらず賞罰ありといへども、人をいとふことなし ( いわゆる明主とは、帝王のことです ( 帝王は人を拒みません ( 人を拒みませんが、賞罰は設けます ( しかしそれは ( 人を憎んでの、それではありません....

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今 ここに戻って来る  1

直線 = 無限大の円周A と B は、無限を通ってまた出会う澤木興道老師の言葉「 頭で天を衝き、腰を大地に埋める 」これが坐禅なら威儀を正すその姿勢は、こう言う事になります天に放つ矢、地に放つ矢二つの矢は、無限を通って「 今 ここ 」 に戻って来ると....

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山をなし、たかきことをなすなり

菩提薩埵四摂法 43bodai-sa-ta-si-syo-boひそかにしりぬ海は海を辞せざるがゆゑに海をなし、おほきなることをなす山は山を辞せざるがゆゑに山をなし、たかきことをなすなり明主は人をいとはざるがゆゑにその衆をなす衆とは国なり ( うかがい知る事が出来ます ( 海は、自らが海となる事を拒みません ( それゆえに海は海となり大きくなります ( 山は、自らが山となる事を拒みません ( それゆえに山は山となり大きく...

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合わせに向かって

世界は広いなぁ ~空間はこのようにその端てに、思いをはせますでは、悠久の時間はどうでしょう ?禅僧が何年も何十年もじっと坐禅なされてたそこでは、時間がこう流れてたのでは四角形 法界定印の合わせた親指左右からその合わせに向かって時間が流れこんでた....

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よく水あつまりて海となり

菩提薩埵四摂法 42bodai-sa-ta-si-syo-boこのゆゑによく水あつまりて海となり土かさなりて山となるなり ( 直線とは ( 無限大な直径を持つ円 ( と言う定理があります ( 左右同時に進んで行くと ( 無限を通ってまた出会います ( 一致が宗ゆえに ( 水は集まり、海となり ( 土は重なり、山となります....

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四角形 法界定印

本日も澤木興道老師の法界定印でした矢印の所を真似ようとすると円ではなく、四角形ではないかそう思えてきますこの四角形ってそう組んだだけで(建築の構造支持体のような)鉄骨が、頭に投影される感じを受けます....

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手組みと腹筋がリンク

澤木興道老師の、円相法界定印でした 「 円 」と言うより四角っぽいごつごつした感じがします こちらは、胎蔵界大日如来坐像(鎌倉時代) この円相法界定印は 彫られた仏師の方がイメージなされてた 円相法界定印である事は明らかです 円相法界定印と言っても 作者の数と同数それがある、かも知れません 澤木興道老師の、円相法界定印 真似てみると、どうでしょうか 両手の組み合わせなのに 腹筋等身体中心部が締まる、それが...

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海は水を辞せず

菩提薩埵四摂法 40bodai-sa-ta-si-syo-bo管子 kan-si に云 iwaku く海は水を辞せず故に能 yo く其の大なることを成 na す山は土を辞せず故に能く其の高きことを成す明主 mei-syu は人を厭 ito はず故に能く其の衆を成す ( 管子にいう ( 海は水と同化するので ( 大海となります ( 山は土と同化するので ( 高い山となります ( 優れた君主は ( 人と同化するので ( 多くの人が集まります....

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左右の合わせ

平静とは?時間が身体の中心へ流れこみ、そして消えゆく感じ..................................................................[ 澤木興道老師 ]坐禅の手組み円相法界定印の親指の合わせこの両親指の合わせが左右から時間が流れ込んで来る感じをフォローしてくれます....

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自他はときにしたがふて無窮 mukyu なり

菩提薩埵四摂法 39bodai-sa-ta-si-syo-bo他をして自に同ぜしめてのちに自をして他に同ぜしむる道理あるべし自他はときにしたがふて無窮 mukyu なり ( 整った姿をお手本とし ( 近づこうとすれば ( 自分の姿がそうなって行きます ( 理想の態度姿勢 ( それをいつも目指すから ( 理想の態度姿勢が ( 私達の中で花開くのです....

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声筋 ( Koe-Kin )

毎日、同じイメージ繰り返し、繰り返しでした身体の中心へ集約するイメージ先日、声筋 ( Koe-Kin ) と言う言葉を知りましたコロナで人と話す機会が減って声帯を閉じる「声帯まわりの筋肉」が弱くなってる身体の中心へ集約するイメージこれを続けてくと身体の中は基本的に締まってるその方向へ行く感じがします威儀坐禅とは関係ありませんが身体の中に締まりがあるのはわるくないです....

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儀 gi なり、威 i なり、態 tai なり

菩提薩埵四摂法 38bodai-sa-ta-si-syo-boたとへば、事 zi といふは儀 gi なり、威 i なり、態 tai なり ( たとえば ( 何に一致するかと言うと ( 整えた人の姿であり ( 威儀であり、態度です....

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時間はこうも流れる

オーボエ奏者は息を楽譜に合わせます同じように息のインクで十字文字を書いてみます....

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

62歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )











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