FC2ブログ

記事一覧

行 持  下 「 寂 爾 」

正法眼蔵 行 持  下「 寂 爾 」音塵寂爾 onzin-zyakuni として消息宛然 en-nen たり一味蕭条 syo-zyo として趣向すべき無し ( 静かに坐し ( 気を身体の端まで射る ( 皮膚裏を結界として ( 手の指先、足の指先まで射る ( 世界の端てを遠方とせず ( 身体の皮膚裏とすれば ( 身体は内へ宝鏡となり ( 身体は寂円相となります....

続きを読む

行 持  下 「 玉階苔蘚 」

正法眼蔵 行 持  下「 玉階苔蘚 」玉階苔蘚 tai-sen の紋 mon を鋪 si き人面煙霞 en-ka の色を帯 o ぶ ( 人跡未踏の深山 ( その緑陰、苔面が佇んでいます ( 百年天空を見て来た ( 千年の天空が ( そのおもてを育んで来た....

続きを読む

 行 持  下 「 春風秋凋 」

正法眼蔵 行 持  下「 春風秋凋 」春風 起る時枯木 龍吟 ryu-gin し秋葉 凋 sibo みて、寒林 花散ず ( 春風起こる時、新芽は笑い ( 秋風が起こる時、花は散ず気を漠然と使わず 「 十字に使う 」前後上下・左右上下この十字に沿って目一杯気を放射してみますいくら放ってもスカスカになりませんどんどん放てますこれって気力があるからじゃなく十字に放つと 「 宝鏡 」 に反射しすべて戻って来るから気を放つが、充実にイ...

続きを読む

行 持  下 「 中霄の月 」

正法眼蔵 行 持  下「 中霄の月 」嶺上 猿啼いて露 中霄 tyu-syo の月を湿 uruo し林間 鶴 唳 na いて風 清暁 sei-gyo の松を回 megu る ( 猿の鳴き声が ( 山の深さを教えてくれます ( 果てしない夜空にあって ( 月は潤いを奏でています ( 林間、鶴が鳴いて ( 暁に松が目覚めます....

続きを読む

行 持  下 「 天外青山 」

正法眼蔵 行 持  下「 天外青山 」天外 ten-gai の青山 色 寡 sukuna く耳畔 ni-han の鳴泉 声無し ( 「 天外 」 とはそれ以上 ( 行けない「 境 」 の外 ( 知覚の外なので ( 盤石静寂のよう感じられます ( 「 天内 」 と 「 天外 」  ( それ以上行けない ( 「 境 」 があるって ( いいことかも知れません ( 「 身体の内 」 と 「 身体の外 」  ( 当たり前のことですが ( これって普段意識され...

続きを読む

行 持  下 「 木馬石牛 」

正法眼蔵 行 持  下「 木馬石牛 」又 況 iwanya や活計 具足 gusoku し風景 疎ならず華 笑 e むことを解 ge し鳥 啼くことを解す木馬 長 tokosina えに鳴 i-nana き石牛 seki-gyu 善く走る ( まして無欲宝鏡の坐をなせば ( 心身に活力が宿り ( 何気ない風景も生き返ります ( 花は咲き、鳥が鳴いています ( 無欲、木の馬は永えにいななき ( 無欲、石の牛は元気に走り出します達磨禅師の面壁坐禅壁を前にして坐...

続きを読む

行 持  下 「 専一に辨道せん 」

正法眼蔵 行 持  下「 専一に辨道せん 」化主 ke-syu を発せず唯 本院の荘課 so-ka 一歳の所得をもて均 ito しく三百六十分と作 na して日に一分を取って之 kore を用い更に人に随って添減 ten-gen せず ( 寄付を募る僧を派遣せず、 ( ただ寺院の荘園一年分の所得を ( 等しく三百六十に分け ( 日にその一で生活して ( 人数によって所得を増減しない以て飯に備 sonau べくんば則 unawati 飯と作し飯と作して足らず...

続きを読む

行 持  下 「 体 例 」

正法眼蔵 行 持  下「 体 例 」今 輙 sunawa ち 略 hobo 古人の住持たる体例 tai-rei に学 nara わんと欲す諸人と議定して更に山を下らず、斉 sai に赴かず ( 古人がなされた ( 日々の暮らし方を ( もっぱら習うものとします ( 道場にいるものは皆山を下りず ( 食の供養には赴かないとします道元禅師の主旨はどこまでも坐禅に取り組む時間をつくろう!身体で、水平をつくり垂直線を交差させるただそれだけの事で...

続きを読む

行 持  下 「 先聖の附嘱 」

正法眼蔵 行 持  下「 先聖の附嘱 」山僧、行業取ること無うして忝 katazikena く山門に主たり豈 ani 坐 inaga ら常住を費やして、頓 ton に先聖の附嘱 hu-syoku を忘る可けんや ( 私 ( 道元禅師)は、修行も至らぬ身で ( かたじけないことに道場の主となった ( どうして衣食住にかまけて ( 先聖方が伝えようとした坐禅の行を ( ないがしろに出来ようか ( 「 着氷した瞬間に力を加える 」  ( スピードスケー...

続きを読む

行 持  下  「 不虧 huki の人也 」

正法眼蔵 行 持  下 「 不虧 huki の人也 」投子 to-su は人をして米 bei を辨 ben じ同じく煮て共に餐 san せしむ你 nanzi が事を省取 sei-syu することを得んと要す ( 投子禅師(805-914)は ( 皆と食べ物を分かち合います ( 共に食し、皆が坐禅に専念出来るよう ( はからったのです且 sibara く従上 ju-zyo の諸聖此 kaku の如くの榜様 bo-yo あり若 mo し長処無くんば如何 ikan が甘 amana い得ん ( 祖師方...

続きを読む

行 持  下  「 心を死了せん 」

正法眼蔵 行 持  下 「 心を死了せん 」你 nanzi 見ずや隠山 in-zan 死に至るまで肯 ae て人を見ず趙州 zyo-syu 死に至るまで肯て人に告げず ( 御存じでしょう ( 隠山禅師は ( 死に至るまで ( すすんで人に会うことは ( なされませんでした ( 趙州禅師も死に至るまで ( すすんで人に会話することは ( ありませんでした匾担 hen-tan は橡栗 syo-ritu を拾うて食 ziki とし大梅 dai-bai は荷葉 ka-yo を...

続きを読む

行 持  下  「 心中無事 」

正法眼蔵 行 持  下 「 心中無事 」若し心中無事なることを得ば仏祖猶ほ是れ冤家 on-ke の如し一切の世事、自然に冷淡にして方 masa に始めて那辺 na-hen と相応せん ( 精神と二つの時間 ( そして、五感(身体) ( これを、正十字に位置づけすると ( 「 心中無事なることを得る 」  ( 心中無事なれば ( さらに神仏を志向することは ( むしろ 「 あだ 」 となります ( 正十字の座卓が整ってゆくと ( ...

続きを読む

行 持  下  「 今時尽却 」

正法眼蔵 行 持  下 「 今時尽却 」所以 yue に先聖人をして只 tada 今時 konzi を尽却 zin-kyaku せんことを要せしむ能く今時を尽さば、更に何事か有らん ( 仏祖方が ( 威儀坐禅を ( お勧めなされるのは ( 身体に垂線を打ち込む時 ( 「 判断 」 は垂直になされるから ( 「 判断 」 が垂直になされると ( 「 判断 」 は ( 異次元の力を発揮するからです ( 身体の前後 ( 腰腹同量 →← に対して ...

続きを読む

行 持  下  「 何ぞ須 motome ん 」

正法眼蔵 行 持  下 「 何ぞ須 motome ん 」止 tada 此 kaku の如くなるに於て何ぞ須 motome ん苦苦 kuku として貪恋することを如今 ima 歇 yame ずんば更に何 izu れの時をか待たん ( 「 かくの如くなる 」 とは ( 坐の求心十字で ( 全球なる鏡面をつくる事でしょうか ( かくの如くなると ( 十方へ向けて放つ ( 視線視矢が全球鏡面に反射され ( 坐の十字を通って戻って来る ( 「 視 」 「 眼 」 から...

続きを読む

行 持  下  「 頭を飜じて尾と作す 」

正法眼蔵 行 持  下 「 頭を飜じて尾と作す 」況 i-wa んや無始従り以来是れ曾 katu て経歴せざるにあらず又是れ次第を知らざるにあらず頭 ko-be を飜 hon じて尾と作 na すに過 sugi ず ( 多くの輪廻転生の中 ( 私達は利と名に ( つき動かされて来ました ( 本来、欲望や不安は ( 未来→今、と言う ( 逆向きの時間を通って ( 私達に到来しています ( それらは選択肢の一つなのに ( 私達を規定し (...

続きを読む

行 持  下  「 両頭撒開 sa-kai 」

正法眼蔵 行 持  下 「 両頭撒開 sa-kai 」直 ziki に須 subeka らく両頭撒開 sa-kai し中間放下して声に遇い色に遇うも石上に華 hana を栽 u-yu るが如く利を見、名を見るも眼中に屑 setu を著 tuku るに似たるべし ( ここからここまで ( 両端に囲まれてる ( その中にこもってる ( 私達はいつも身体にこもってます ( 「 stay body 」 してる ( ミケランジェロ 「1475-1564」 が ( 「 ピエタ 」 を創られ...

続きを読む

行 持  下  「 攀縁 han-en 断絶 」

正法眼蔵 行 持  下 「 攀縁 han-en 断絶 」あるとき衆にしめすにいわく「 それ出家は塵労 zin-ro を厭 itoi ひ 生死を脱せんことを求めんが為なり 心を休め念をやめて攀縁 han-en を断絶す 故に出家と名づく 豈 a-ni 等閑 nao-zari の利養を以て 平生 hei-zei を埋没すべけんや 」 ( 芙蓉道楷禅師 1042 ~ 1118 は ( ある時、修行僧へ述べられます ( そもそも出家とは、錯綜を脱し ( 不生不死を明らめ...

続きを読む

行 持  下  「 日食粥一杯 」

正法眼蔵 行 持  下 「 日食粥一杯 」米湯 bei-to の法味つたはれり芙蓉山に庵せしに道俗の川湊 sen-so するもの僅 ooyoso 数百人なり日食粥一杯なるゆえにおほく引去 in-ko す師ちかふて赴斉 hu-sai せず ( 芙蓉道楷禅師 1042 ~ 1118 の ( 質素な宗風は世に伝わり ( 修行者が数百人も集まります ( とは言え、一日一食お粥一杯 ( その多くは去らざるをえません ( また、在家の方が ( 食を布施しようとし...

続きを読む

行 持  下  「 師つゐに不受なり 」

正法眼蔵 行 持  下 「 師つゐに不受なり 」芙蓉山 huyo-zan の楷祖 kaiso もはら行持見成の本源なり国主より定照禅師号ならびに紫袍 si-ho をたまふに祖うけず、修表具辞す国主とがめあれども師つゐに不受なり ( 芙蓉山の ( 道楷 do-kai 禅師 1042 ~ 1118 は ( 坐の十字架を第一義とする ( そのお見本を示された方です ( 国主から 「 定照禅師 」 という号や  ( 「 紫衣 」 の申し出を受けましたが ( 道...

続きを読む

行 持  下  「 三年の功夫 」

正法眼蔵 行 持  下 「 三年の功夫 」のちに仰山 gyo-san きたり侍奉 zi-bu す仰山もとは百丈先師のところにして問十答百の鶖子 syu-si なりといへども潙山に参侍して、さらに看牛 kan-gyu 三年の功夫となる近来は断絶し、見聞することなき行持なり三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ ( その後 ( 仰山禅師が来られ ( 潙山禅師を手本として ( 坐禅を組まれます ( 仰山禅師はそれまで ( 亡き師 百丈禅師...

続きを読む

行 持  下  「 道力化功 」

正法眼蔵 行 持  下 「 道力化功 」この潙山の行持の道力化功によりて風輪うごかず、世界やぶれず天衆の宮殿おだいかなり人間の国土も保持せるなり潙山の遠孫にあらざれども潙山は祖宗なるべし ( 潙山禅師は厳境の中 ( 坐の十字架を建てられた ( この事実は ( その時間空間の中 ( なされた行為ですが ( その時空を超えて ( 世界に刻印されています ( 私達が思いをはせるなら ( 同じ坐をなす時 ( ...

続きを読む

行 持  下  「 目前の、いまのごとく 」

正法眼蔵 行 持  下 「 目前の、いまのごとく 」かくのごとく行持しきたれりし道得を見聞す身をやすくしてきくべきにあらざれども行持の勤労すべき報謝をしらざればたやすくきくといふともこころあらん晩学いかでかそのかみの潙山を目前のいまのごとくおもひやりてあはれまざらん ( 潙山禅師が ( 坐の十字架を厳しい場所で ( 建てられたと言う事を ( 私達は知ることが出来ます ( 身を正して聞くだけでなく ( ...

続きを読む

行 持  下  「 山中の嶮岨」

正法眼蔵 行 持  下 「 山中の嶮岨 」あはれんべし正法伝持の嫡祖 teki-soいくばくか山中の嶮岨 ken-so にわづらふ潙山 i-san をつたへきくには池あり、水あり、こほりかさなりきりかさなるらん人物の堪忍 kan-nin すべき幽棲 yu-sei にあらざれども仏道と玄奧と、化成することあらたなり ( 潙山禅師は ( 険しい山中にあって ( 正法の坐を護持されます ( 潙山という山は ( 池水多く、氷が重なり ( 霧が立ち込...

続きを読む

行 持  下  「 活計 ka-kei なり 」

正法眼蔵 行 持  下 「 活計 ka-kei なり 」命をかろくし法をおもくする行持にあらずばしかあるべからざる活計 ka-kei なり薙草 ti-so すみやかならず土木いとなまず、ただ行持修練し辨道功夫 ben-do ku-hu あるのみなり ( 命を軽くして、法をおもんじる ( 既命を断裁して、新命を創造する ( 垂直一路の坐禅の活計です ( 草刈りや山門整備も大事ですが ( この身体を木材にして ( 仏塔本殿を造営するのが行持...

続きを読む

行 持  下  「 穿却 sen-kyaku 」

正法眼蔵 行 持  下 「 穿却 sen-kyaku 」深夜のあめの声こけをうがつのみならんや巌石 gan-seki の穿却 sen-kyaku するちからもあるべし冬天のゆきの夜は禽獣 kin-zyu もまれなるべしいはんや人煙 zin-en のわれをしるあらんや ( 深夜、雨の声に耳を澄ますと ( 大地を濡らすだけでなく ( 固い石をも貫通するような ( そんな音の力が感じられます ( 冬天雪夜には ( とりや獣も姿が見えません ( 雪の音が...

続きを読む

行 持  下  「 おもひやる 」

正法眼蔵 行 持  下 「 おもひやる 」潙山のそのかみの行持しづかにおもひやるべきなりおもひやるといふはわがいま潙山にすめらんがごとくおもふべし ( 潙山霊祐禅師 「 771~853 」  ( の当時の行いに思いをはせます ( 思いをはせるとは ( 自分が今、潙山に住んで ( 霊祐禅師と共に坐していると ( 威儀を正すことです ( 13世紀に生きられた道元禅師が ( 400年前・9世紀に生きておられた ( 潙...

続きを読む

行 持  下  「 仏宇 butu-u 」

正法眼蔵 行 持  下 「 仏宇 butu-u 」末世の愚人、いたづらに堂閣の結構 ke-ko につかるることなかれ仏祖いまだ堂閣をねがはず自己の眼目いまだあきらめずいたづらに殿堂精藍 dendo-syoran を結構するまたく諸仏に仏宇 butu-u を供養せんとにはあらずおのれが名利 myo-rio の窟宅 ku-taku とせんがためなり ( いたずらに建物の建立に ( 気を向けることは愚かです ( 仏祖は立派な建物を願いません ( 諸仏がやどるの...

続きを読む

行 持  下  「 龍象蹴踏 」

正法眼蔵 行 持  下 「 龍象蹴踏 」大潙山 dai-i 大円禅師は百丈 hyaku-zyo の授記 gyu-ki より直に潙山の峭絶 syo-zetu にゆきて鳥獣為伍 i-go して、結草修練す風雪を辞労することなし橡栗充食 syo-ritu zyu-ziki せり ( 潙山霊祐禅師 「 771~853 唐代 」 は  ( 百丈懐海禅師 「 749~814 唐代 」 から ( 坐禅の法を受け継つぎます ( その後、険しき潙山の山を坐禅の地に選びます ( 鳥獣を友として草庵を結び...

続きを読む

行 持  下  「 慕 古 」

正法眼蔵 行 持  下 「 慕 古 」長慶 tyo-kei の慧稜 e-ryo 和尚は雪峰下の尊宿 son-syuku なり雪峰と玄沙とに往来して参学すること僅 kin 二十九年なりその年月に、蒲団二十枚を坐破す ( 長慶慧稜禅師 854~932 は ( 雪峰門下の優れた方です ( 雪峰禅師と玄沙禅師のもとで ( ほぼ二十九年学びました ( その年月、坐蒲が押しつぶされ ( 坐蒲を二十枚を更新されましたいまの人の坐禅を愛するあるは長慶をあげ...

続きを読む

行 持  下  「 請 益 」

正法眼蔵 行 持  下 「 請 益 」諸方の玄学のなかに所未決 syoo-miketu あるはかならず師にしたがひて請益 sin-eki するに雪峰和尚いはく備頭陀 bi-zuda にとふべし ( 雪峰禅師は ( 「雪峰山」を坐禅の地に選び ( 玄沙師備禅師も従い ( 多くの修行者が集まりました ( 諸方の修行者の中に ( 坐禅の意味が理解出来ない者があれば ( 必ず師備禅師が寄り添い ( 雪峰禅師に教えを乞いました ( すると雪峰...

続きを読む

行 持  下  「 玄徒臻萃 」

正法眼蔵 行 持  下 「 玄徒臻萃 」つひに象骨山 zo-kotu-zan にのぼりるにおよむですなはち師と同力締構 tei-ko するに玄徒臻萃 gento-sinsui せり師の入室咨決 shi-ketu するに晨昏 zin-kon にかはることなし ( その後、雪峰禅師は ( 象骨山「雪峰山」を坐禅の地に選びます ( 玄沙師備禅師も参加し ( その道場には ( 多くの修行者が集まります ( 師備禅師は常に ( 雪峰禅師を仏道の生きた見本と ( な...

続きを読む

行 持  下  「 達磨、東土に来たらず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 達磨、東土に来たらず 」異日 i-zitu 雪峰 召 yo んで曰く「備頭陀、何ぞ徧参 hen-san し去らざる 」師曰く「達磨、東土 to-do に来たらず 二祖、西天 sai-ten に往 yu かず 」 雪峰、之 kore を然 sika りとす ( 別の日、雪峰禅師は ( 師備禅師を呼んで尋ねます ( 小欲を整えるならば ( なぜ、諸方に赴き ( 仏法を求めないのですか ( 師備禅師は答えます ( 達磨大師は中国に来ら...

続きを読む

行 持  下  「 頭陀 zu-da 」

正法眼蔵 行 持  下 「 頭陀 zu-da 」福州 玄沙 gen-sya 宗一大師法名は師備 shi-bi福州 閩県 min-ken の人也姓は謝氏 sya-si なり幼年より垂釣 shi-tyu をこのむ小艇 ko-bune を南台江 nandai-ko にうかめてもろもろの漁者になれきたる ( 福州の玄沙宗一大師 ( 出家の名を師備 ( 玄沙師備禅師 「835-908」 は ( 福州 閩県 min-ken の方です ( 俗姓は謝 sya  ( 幼年から釣りを好み ( 小舟を南台江に浮か...

続きを読む

行 持  下  「 生者の滅なき 」

正法眼蔵 行 持  下 「 生者の滅なき 」学道には、これらの小聞小見をならふことなかれ生者の滅なきもあるべし滅者の有思覚なるもあるべきなり ( 一度きりの人生 ( 大事に生きなきゃ ( でもそれって ( 現実の人生の一部分でしかない ( 千年前、そして千年後と ( 途絶えることなく生き続ける部分と ( 百年の寿命の中に生きる部分と ( この心身は共同体として存在してる....

続きを読む

行 持  下  「 既在塔時の行持 」

正法眼蔵 行 持  下 「 既在塔時の行持 」いま四祖には未入塔時の行持あり既在塔時の行持あるなり生者かならず滅ありと見聞するは小見なり滅者は無思覚と知見せるは小聞なり ( 四祖・大医道信禅師 ( 安坐して逝 sei す ( 七十二歳でした ( そして、坐禅のお姿のまま ( 墓塔に安置されます ( その身体は ( もう生きてはいません ( しかし、四祖・大医道信禅師は ( さらに、その身体に働きかけます ...

続きを読む

行 持  下  「 悉皆解脱 」

正法眼蔵 行 持  下 「 悉皆解脱 」しるべし、一切諸法悉皆 si-kai 解脱 ge-datu なり諸法の空なるにあらず諸法の諸法ならざるにあらず悉皆解脱なる諸法なり ( 四祖・大医道信禅師は ( 坐禅の形を用いて ( 何をなされてたのか? ( 前方から未来が ( 後方から過去が ( 坐禅十字の今ここに出会います ( 足下から現実が ( 真上からは精神が ( 坐禅十字の今ここに出会います ( 四者は空でもなく (...

続きを読む

行 持  下  「 儀相 gi-so 生けるが如し 」

正法眼蔵 行 持  下 「 儀相 gi-so 生けるが如し 」寿七十有二本山に塔をたつ明年四月八日、塔の戸故 yue 無くして自ら開く儀相 gi-so 生けるが如し爾後sono-noti 門人あえて復閉じず ( 四祖・大医道信禅師 ( 安坐して逝 sei す ( 七十二歳でした ( 禅師が住した破頭山に ( 墓塔が建てられます ( 明くる年の四月八日 ( 誰も開けてないのに ( その扉は開いていました ( 中を見ると ( そのお姿は威...

続きを読む

行 持  下  「 安坐して逝 sei す 」

正法眼蔵 行 持  下 「 安坐して逝 sei す 」高宗 ko-so の永徽辛亥 eiki-kanotoiの歳 tosi 閏 uru 九月四日たちまちに門人に垂誡 sui-kai して曰く「 一切諸法は、 ことどとく皆 解脱なり 汝等 各自 護念して 未来に流化 ruke すべし 」言ひおわりて安坐して逝 sei す ( 唐の高宗皇帝の代 ( 永徽 eiki 二年  ( (651年) 九月四日 ( 大医道信禅師は急遽 ( 門人達に集まってもらいます ( 「 坐禅の構えで ...

続きを読む

行 持  下  「 希代 ki-dai 」

正法眼蔵 行 持  下 「 希代 ki-dai 」上表三返 zyo-hyo san-ben希代 ki-dai の例なりいま澆季 gyo-ki にはもとめて帝者にまみえんとねがふあり ( 四祖大醫 dai-i 禅師は ( 皇帝の招きを三度 ( 書をもって断ります ( これはとても希なことです ( 皇帝に会ってみたい ( そのような思いは、あさはかな事です ( 四祖大醫 dai-i 禅師は ( 常に「 皇帝 」 にまみえておられた ( そのような表現も出来ま...

続きを読む

行 持  下  「 引頸就刃 inkei-syuzin 」

正法眼蔵 行 持  下 「 引頸就刃 inkei-syuzin 」人主 nin-syu としては身命ををしまず引頸就刃 inkei-syuzin して身命ををしまざる人物をもなほ歎慕 tan-bo するなりこれいたづらなるにあらず光陰ををしみ、行持を専一にするなり ( 太宗皇帝は中国において ( 稀代の名君です、それゆえ ( 神妙に己の首を差し出せる人物が ( どのような人であるかを理解します ( しかし、禅師は ( 無用の争い事をしたわけでな...

続きを読む

行 持  下  「 行持はありける 」

正法眼蔵 行 持  下 「 行持はありける 」太宗 tai-so は有義 yu-gi の国主なり相見 syo-ken のものうかるべきにあらざれどもかくのごとく先達 sen-datu の行持はありけると、参学すべきなり ( 唐の太宗皇帝は ( 文武に優れた名君です ( 面談を避ける理由はありません ( しかし、日々の責任を先とします ( 千年に一度、巡り会うこの身体で ( 釈尊から達磨大師へ続いてきた ( 面壁坐禅、「 救迷情 」 の実...

続きを読む

行 持  下  「 千歳の一遇 」

正法眼蔵 行 持  下 「 千歳の一遇 」しかあればすなはち四祖禅師は身命 sin-myo を身命とせず王臣 o-sin に親近 sin-gonせざらんと行持せる行持これ千歳 sen-zai の一遇 iti-gu なり ( このように ( 四祖 大医道信禅師が ( 命を脅されても ( 王族諸侯と交流しなかったのは ( 千年に一度しか ( 巡り会えないこの身体で ( 今何をするのか? ( 初祖達磨大師の第一命題 ( 「 救迷情 」 の実際 ( 釈...

続きを読む

行 持  下  「 神色儼然 」

正法眼蔵 行 持  下 「 神色儼然 」貞観 zyo-gan癸卯 mizuno-to の歳太宗 tai-so師の道味 do-mi を嚮 to-to び風彩 fu-sai を瞻 mi んと欲して赴京 fu-kyo を詔 syo す ( 唐の貞観十七年 [643年] ( 時の太宗皇帝は ( 大医禅師の威風を聞き及び ( 実物に会ってみたい衝動にかられ ( 都へ来るよう招聘します師、上表遜謝 zyohyo-sonsyaすること前後三返なり竟 tui に疾 situ を以て辞す ( 大医禅師は書をもって...

続きを読む

行 持  下  「 摂心無寐 」

正法眼蔵 行 持  下 「 摂心無寐 」第三十一祖 大医禅師は十四歳のそのかみ三祖大師をみしより服労九載 hukuro-kusai なりすでに仏祖の祖風を嗣続 zi-zoku するより摂心無寐 sesin-mubi にして脅不至席 kyohu-siseki なること僅 wazukani 六十年なり化 ke 、怨親 on-sin にかうぶらしめ、徳、人天にあまねし真丹 sin-tan の第四祖なり ( 釈尊から三十一代 ( 達磨大師から第四祖 ( 大医道信禅師は十四歳の時 ( 三祖...

続きを読む

行 持  下  「 人天を利潤せしむる 」

正法眼蔵 行 持  下 「 人天を利潤せしむる 」いま青原 sei-gen の一派の天下に流通 ru-zu すること人天を利潤せしむることは石頭大力の行持堅固のしかあらしむるなりいまの雲門 un-mon 法眼 ho-gen のあきらむるところあるみな石頭大師の法孫なり ( 青原行思禅師がなされた行い ( これが今、多くの人々を導きます ( こうなりえたのは ( その法を継いだ石頭禅師が ( その実物見本を ( 堅固に示して下さったお...

続きを読む

行 持  下  「 石 上 」

正法眼蔵 行 持  下 「 石 上 」石頭大師は草庵を大石にむすびて石上に坐禅す昼夜にねぶらず、坐せざるときなし衆務を虧闕 ki-ketu せずといえども十二時の坐禅かならずつとめきたれり ( 石頭希遷禅師 は (  [ 700-790 唐代 ] ( 大きな石の上に草庵を結びます ( 石の上で、坐禅をするためです ( そして、身体を ( 坐禅の十字架で貫きます ( 集団生活の責務は果たし ( 自由に委ねられた時間は ( ...

続きを読む

行 持  下  「 精藍を草創せず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 精藍を草創せず 」おほよそ初祖、二祖かつて精藍 syo-ran を草創せず薙草 ti-so の繁務 han-mu なしおよび三祖、四祖もまたかくのごとし五祖、六祖の寺院を自草 zi-so せず青原 sei-gen 、南嶽 nan-gaku もまたかくのごとし ( 初祖達磨大師や ( 二祖慧可大師は ( 目に見えるお寺を ( 創ったわけではありません ( 三祖僧璨 so-san 大師 ( 四祖大醫 dai-i 禅師 ( 五祖大満 dai-man 禅...

続きを読む

行 持  下  「 祖仏として 」

正法眼蔵 行 持  下 「 祖仏として 」これすなはち行持なりこの行持の功 ko は祖仏として行持するわれ、ありしなり ( 臂を断つ勢いの一刀 ( 太刀筋 tati-suzi は ( 坐禅の姿勢、身で切る十字 ( 太刀先 tati-saki は ( 腰腹中央、身体の中心 ( モヤモヤ心魂は ( この身に住してる ( 引導成仏の一刀、その軌道が ( この身の中なのはそのためです ( 敵は本能寺にあり、寝所急襲 ( モヤモヤ心魂に...

続きを読む

正法眼蔵 行 持  下  「 零落せしめず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 零落せしめず 」かくのごとく大恩ありとしりなばかならず草露 so-ro の命をいたづらに零落 rei-raku せしめず如山 nyo-san の徳をねんごろに報ずべし ( 自らの左臂を断つ ( 生ごろしの生死に ( そんな勢いの一刀を放つ ( 祖師方が実際に ( そのように生きられ ( お手本を示してくれました ( それゆえ私達は ( その行持を歩むことが出来ます ( 「 魔 」 が生きた実体として ...

続きを読む

行 持  下  「 不退転 」

正法眼蔵 行 持  下 「 不退転 」この行持を不退転ならん形骸髑髏 keigai-dokuro は生時死時おなじく七宝塔におさめ一切人天皆応供養の功徳 kudoku なり ( 「 慧可断臂 eka-danpi 」  ( 生ごろしの生死に ( 自ら左臂を断つ ( そんな勢いの一刀が ( 襲いかかります ( その一刀を受けた身体は ( 七宝万宝となります....

続きを読む

プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

62歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師 
師 瀬島 龍三 先生 


----------------------------------

文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生










.

最新記事