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弁道話 「 妙 術 」

あきらかにしりぬ自己即仏の領解をもて仏法を知れりといふにはあらずといふことをもし自己即仏の領解を仏法とせば禅師さきの言葉をもて導びかじ又しかの如く今しむべからずただまさにはじめ善知識をみんより修行の儀則を咨問して一向に坐禅弁道して一知半解を心にとどむることなかれ仏法の妙術、それ空なしからじ。--------------------------------------------正法眼蔵 「 弁道話 」  59 )身体の内容を構成する神経系・筋肉...

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弁道話 「 「丙丁童子 」

むかし、則公監院といふ僧法眼禅師の会中にありしに法眼禅師とうていはく則監寺、なんぢわが会にありていくばくのときぞ則公がいはくわれ師の会にはんべりてすでに三年をへたり禅師のいはくなんぢはこれ後生なりなんぞつねにわれに仏法を問はざる則公がいはくそれがし和尚をあざむくべからずかつて青峰禅師の所にありし時仏法におきて安楽のところを了達せり禅師のいはくなんぢいかなる言葉によりてかいることをえし則公がいはくそ...

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弁道話 「 即心是仏 」

とうていはくあるがいはく仏法には即心是仏のむねを了達しぬるがごときはくちに経典を誦せず身に仏道を行ぜざれどもあへて仏法にかけたるところなしただ仏法はもとより自己にありとしるこれを得道の全円とすこのほかさらに他人に向かいて求べきにあらずいはんや坐禅辨道をわづらはしくせんやしめしていはくこの言葉もともはかなしもし汝が言う如くならばこころあらんもの誰かこのむねを教えんに知る事なからんしるべし、仏法はまさ...

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弁道話 「 末代悪世 」

とうていはくこの行は、いま末代悪世にも修行せば証をうべしやしめしていはく教家に名相をこととせるになほ大乗実教には正像末法をわくことなし修すればみな得道すといふいはんやこの単伝の正法には入法出身おなじく自家の財珍を受用するなり証の得否は修せんもの自ずから知らんこと用水の人の冷煖を自らわきまふるがごとし--------------------------------------------正法眼蔵 「 弁道話 」  56 )過去・今・未来こう↑並べて...

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弁道話 「 王化太平 」

こころざすものかならず心地を開明することおほしこれ世務の仏法をさまたげざるおのづからしられたり国家に真実の仏法 弘通すれば諸仏諸天ひまなく衛護するがゆえに王化太平なり聖化太平なれば仏法そのちからをうるものなり。又、釈尊の在世には逆人邪見みちをえき祖師の会下には獦者、樵翁さとりをひらくいはんやそのほかの人をやただ正師の教道をたづぬべし----------------------------------------------正法眼蔵 「 弁道話 」...

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弁道話 「 大宋国 」

ちかごろ大宋に馮相公といふありき祖道に長ぜりし大官なりのちに詩をつくりてみづからをいふにいはく、「公事の余に坐禅を喜む曾、脇を将て牀に到して眠ること少なり然も現に宰官の相に出ると雖も長老の名、四海に伝わる。」これは、官務にひまなかりし身なれども仏道にこころざしふかければ得道せるなり他をもてわれをかへりみむかしをもていまをかがみるべし。大宋国にはいまのよの国王大臣士俗男女ともに心を祖道にとどめずとい...

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弁道話 「 仏中に世法なき 」

ここをもてむかしいまをたづぬるにその証これおほししばらく代宗,順宗の帝位にして万機いとしげかりし坐禅弁道して仏祖の大道を会通す李相国、防相国ともに輔佐の臣位にはんべりて一天の股肱たりし坐禅辨道して仏祖の大道に証入すただこれ、こころざしのありなしによるべし身の在家出家にはかかはらじ。又ふかくことの殊劣をわきまふる人おのづから信ずることありいはんや世務は仏法をさゆとおもへるものはただ世中に仏法なしとの...

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弁道話 「 繁 務 」

とうていはくこの行は、在俗の男女もつとむべしやひとり出家人のみ修するかしめしていはく祖師のいはく仏法を会すること男女貴賤をえらぶべからずときこゆとうていはく出家人は諸縁すみやかにはなれて坐禅弁道にさはりなし在俗の繁務はいかにしてか一向に修行して無為の仏道にかなはんしめしていはくおほよそ、仏祖あはれみのあまり広大の慈門をひらきおけりこれ一切衆生を証入せしめんがためなり人天たれか入らざらんものや------...

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弁道話 「 持戒梵行 」

とうていはくこの坐禅を専はらせん人かならず戒律を厳浄すべしやしめしていはく持戒梵行はすなはち禅門の規矩なり仏祖の家風なりいまだ戒をうけず又戒をやぶれるものその分なきにあらずとうていはくこの坐禅をつとめん人さらに真言止観の行をかね修せんさまたげあるべからずやしめしていはく在唐の時、宗師に真訣をききしちなみに西天東地の古今に仏印を正伝せし諸祖いづれもいまだしかのごときの行をかね修すと聞かずといひきまこ...

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弁道話 「 万象森羅 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  50 )嘗観すべし、身心一如のむねは仏法のつねの談ずるところなりしかあるになんぞこの身の生滅せんとき心ひとり身をはなれて生滅せざらんもし一如なるときあり一如ならぬときあらば仏説おのづから虚妄になりぬべし又生死はのぞくべき法ぞとおもへるは仏法をいとふつみとなるつつしまざらんやしるべし、仏法に心性大総相の法門といふは一大法界をこめて、性相をわかず生滅をいふことなし菩提涅槃におよ...

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弁道話 「 心性の常住 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  49 )とうていはく、あるがいはく生死をなげくことなかれ生死を出離するにいとすみやかなる道ありいはゆる、心性の常住なることわりを知るなりそのむねたらく、この身体はすでに生あればかならず滅にうつされゆくことありともこの心性はあへて滅することなしよく生滅にうつされぬ心性わが身にあることを知りぬればこれを本来の性とするがゆえに身はこれ仮のす姿なり死此生彼さだまりなし心はこれ常住な...

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弁道話 「 時 節 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  48 )とうていはくわが朝の先代に教をひろめし諸師ともにこれ入唐伝法せしときなんぞこのむねをさしおきてただ教をのみ伝えへししめしていはくむかしの人師この法を伝えざりしことは時節のいまだ至らざりしゆえなりとうていはく、かの上代の師この法を会得せりやしめしていはく、会せば通じてん-------------------------------------------------------------鎌倉時代は今からすると800年前でかなり昔...

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弁道話 「 得道の中に 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  47 )きかずや祖師のいはく修証はすなはちなきにあらず染汚することはえじ又いはく道をみるもの、道を修すとしるべし得道のなかに修行すべしといふことを-------------------------------------------------------------道元禅師の主意はSimpleで「 坐禅しよかぁ! 」これに尽きるので道元禅師とはどんな方だったか?この試験があったならこの六文字で全員100点!でござるですね学科試験は全員主席な...

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弁道話 「 大宋国 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  46 )又まのあたり大宋国にして見しかば諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて五百六百、および一二千僧を安じて日夜に坐禅をすすめきその席主とせる伝仏心印の宗匠に仏法の大意をとぶらひしかば修証の両段にあらぬむねをきこえきこのゆえに門下の参学のみにあらず求法の高流、仏法のなかに真実をねがはん人初心後心をえらばず凡人聖人を論ぜず仏祖の教えにより宗匠の道をおふて坐禅弁道すべしとすすむ-------...

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弁道話 「 妙修通身 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  45 )すでに証をはなれぬ修ありわれらさいはひに一分の妙修を単伝せる初心の弁道すなはち一分の本証を無為の地にうるなりしるべし修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために仏祖しきりに修行のゆるくすべからざると教ふ妙修を放下すれば本証 手の中にみてり本証を出身すれば妙修通身におこなはる-------------------------------------------------神妙なる坐禅をなす時はく息が神妙ならばひかえる・畏...

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弁道話 「 直指本証 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  44 )かるがゆえに修行の用心をさづくるにも修の他に証を待つ思いなかれと教ふ直指の本証なるがゆえなるべしすでに修の証なれば証にきはなく証の修なれば、修にはじめなしここをもて釈迦如来、迦葉尊者ともに証上の修に受用せられ達磨大師、大鑑高祖おなじく証上の修に引転せらる仏法住持のあと、みなかくのごとし-------------------------------------------------「 直指本証 」坐禅を信仰信心から推...

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弁道話 「 証上の修 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  43 )とうていはくこの坐禅の行はいまだ仏法を証会せざらんものは坐禅弁道してその証をとるべしすでに仏正法をあきらめえん人は坐禅なにのまつところかあらんしめしていはく痴人のまへにゆめをとかず山子の手には舟棹をあたへがたしといへどもさらに訓をたるべしそれ修証はひとつにあらずとおもへるすなはち外道の見なり仏法には、修証これ一等なりいまも証上の修なるゆえに初心の弁道すなはち本証の全...

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弁道話 「 四 儀 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  42 )とうていはく仏家なにによりてか四儀のなかにただし坐にのみおほせて禅定をすすめて証入をいふやしめしていはくむかしよりの諸仏あひつぎて修行し証入せるみちきはめしりがたしゆえをたづねばただ仏家のもちいるところをゆえとしるべしこのほかにたづぬべからずただし祖師ほめていはく坐禅はすなはち安楽の法門なりはかりしりぬ四儀のなかに安楽なるゆえかいはんや一仏二仏の修行の道にあらず諸仏...

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弁道話 「 嫡 意 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  41 )この仏法の相伝の嫡意なること一代にかくれなし如来むかし霊山会上にして正法眼蔵 涅槃妙心 無上の大法をもてひとり迦葉尊者にのみ付法せし儀式は現在して上界にある天衆まのあたりみしもの存せりうたがふべきにたらずおほよそ仏法はかの天衆とこしなへに護持するものなりその功いまだふりずまさにしるべしこれは仏法の全道なり、ならべていふべきものなし---------------------------------------...

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弁道話 「 禅宗の号 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  40 )とうていはく三学のなかに定学あり六度のなかに禅度ありともにこれ一切の菩薩の初心よりまなぶところ利鈍をわかず修行すいまの坐禅も、そのひとつなるべしなにによりてか、このなかに如来の正法あつめたりといふやしめしていはくいまこの如来 一大事の正法眼蔵 無上の大法を禅宗となづくるゆえにこの問きたれりしるべし、この禅宗の号は神丹以東におこれり竺乾にはきかずはじめ達磨大師、嵩山の少...

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弁道話 「 凡聖の道 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  39 )しかあるを、いまはまさしく仏印によりて万事を放下し一向に坐禅するとき迷悟情量のほとりをこえて凡聖のみちにかかはらずすみやかに格外に逍遥し大菩提を受用するなりかの文字の筌罤に関わるものの肩を並ぶるにおよばんや-------------------------------------------------------「 凡聖の道に関わらず 」凡人を脱して聖人にでもなりたいもんじゃにゃこれが人情チュもんでしょうか自分に対しても...

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弁道話 「 承 当 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  38 )又しるべし、われらはもとより無上菩提かけたるにあらずとこしなへに受用すといへども承当することをえざるゆえにみだりに知見をおこすことをならひとしてこれを物とおふによりて大道いたづらに蹉過すこの知見によりて、空華まちまちなりあるいは十二輪転二十五有の境界とおもひ三乗五乗、有仏無仏の見つくることなしこの知見をならうて仏道修行の正道とおもふべからず---------------------------...

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弁道話 「 哲 匠 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  38 )また、仏法を伝授することはかならず証契の人をその宗師とすべし文字をかぞふる学者をもてその導師とするにたらず一盲の衆盲をひかんがごとしいまこの仏祖正伝の門下にはみな得道証契の哲匠をうやまひて仏法を住持せしむかるがゆえに冥陽の神道も来たり帰依し証果の羅漢も来たり問法するにおのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし余門にいまだきかざるところなりただ仏弟子は仏法をなら...

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弁道話 「 水中の月なり 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  37 )しめしていはく、しるべし仏家には、教の殊劣を対論することなく法の浅深をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし草華山水にひかれて仏道に流入することありき土石沙礫をにぎりて仏印を稟持することありいはんや広大の文字は万象にあまりてなほゆたかなり転大法輪、又 一塵にをさまれりしかあればすなはち即心即仏の言葉、なほこれ水中の月なり即坐成仏のむね、さらに又かがみのうちのかげなりこと...

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弁道話 「 さしおきて 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  36 )とふていはく、いまわが朝に伝はれるところの法華宗、華厳教、ともに大乗の究竟なり。いはんや真言宗のごときは、毘盧遮那如来したしく金剛薩埵につたえへて師資みだりならず。その談ずるむね、即心是仏、是心作仏といふて多劫の修行をふることなく、一座に五仏の正覚をとなふ仏法の極妙といふべししかあるに、いまいふところの修行なにのすぐれたることあればかれらをさしおきて、ひとへにこれを...

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弁道話 「 正 師 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  35 )ただまさに知るべし、七仏の妙法は、得道明心の宗匠に契心証会の学人あひしたがうて正伝すれば的旨あらはれて稟持せらるるなり文字習学の法師のしりおよぶべきにあらず。しかあればすなはち、この疑迷をやめて、正師の教えにより坐禅弁道して諸仏自受用三昧を証得すべし-------------------------------------------正しい師について実践せんとね、とでは、どんな方をして正しい師とみるかそれは自...

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弁道話 「合薬を忘れん 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  34 )文を見ながら修する道にくらきそれ医方を見る人の合薬を忘れんなにの益かあらん口声を暇なくせる、春の田のカエルの昼夜に鳴くが如しつひに又益なしいはんや深く名利に惑はさるるやからこれらのことをすてがたしそれ利貪の心はなはだ深きゆえに昔すでにありき、いまの世になからんやもともあはれむべし-------------------------------------------昔も今も、変わっちょらん何が変わっちょらんかぁ...

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弁道話  「 功徳に擬せん 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  33 )又、経書を開くことは、ほとけ頓漸修行の儀則を教えおけるをあきらめ知り教の如く修行すればかならず証をとらしめんとなりいたづらに思量念度を費やして、菩提をうる功徳に擬せんとには、あらぬなりおろかに千万誦の口業をしきりにして仏道に至らんとするはなほこれながえを北にして越に向かはんと思はんが如し又、円孔に方木を入れんとせんに同じ-----------------------------------------------...

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弁道話 「 仏法に擬するに 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  32 )又、読経 念仏等の勤めにうるところの功徳をなんぢ知るやいなやただ舌を動かし、声をあぐるを仏事功徳とおもへるいとはかなし仏法に擬するにうたた遠くいよいよはるかなり。--------------------------------------------------------読経 念仏もわりぃこっちゃないけんど道元禅師のねらいとはちょと違う大いに遥かに違うッ!ちゅう事でしょうかこの身ひとつを掌握せんとす坐禅ですがこの身の主と...

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弁道話 「 正信おこらば 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  31 )霊山になお退亦佳矣のたぐひありおほよそ心に正信おこらば修行し参学すべししかあらずは、しばらくやむべしむかしより法のうるほひなきことをうらみよ--------------------------------------------------------自分が入ってる in してるこの身体ですが勢いで力ずくで何かをする事は出来てもしぃ~んと穏やかに佇む事難し車の運転停止は出来てもこん一つのささやかな身体一つ一時停止でけへんこり...

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弁道話 「 信不信 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  30 )すでにかたじけなく諸仏 自受用三昧に安坐せりこれ広大の功徳をなすにあらずやあはれむべし、まなこいまだひらけずこころなほ酔いにあることを。おほよそ諸仏の境界は不可思議なり心識のおよぶべきにあらずいはんや不信劣智のしることをえんやただ正信の大機のみ、よくいることをうるなり。不信の人は、たとひ教ふともうくべきことかたし。------------------------------------------------------...

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弁道話 「 読経念仏 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  29 )とふていはく、「あるいは如来の妙術を正伝しまたは祖師のあとをたづぬるによらん、まことに凡慮のおよぶにあらず。しかはあれども、読経念仏はおのづからさとりの因縁となりぬべし。ただむなしく坐してなすところなからん、なにによりてかさとりをうるたよりとならん。」しめしていはく「なんぢいま諸仏の三昧、無上の大法を、むなしく坐してなすところなしとおもはん、これを大乗を謗ずる人とす...

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弁道話 「 正 門 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  28 )いまこの坐禅の功徳、高大なることをききをはりぬ。おろかならん人、うたがふていはん、「仏法におほくの門あり、なにをもてかひとへに坐禅をすすむるや。」しめしていはく「これ仏法の正門なるをもてなり。」とふていはく、「なんぞひとり正門とする。」しめしていはく「大師釈尊、まさしく得道の妙術を正伝し、又 三世の如来、ともに坐禅より得道せり。このゆえに正門なることをあひ伝へたるなり...

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弁道話 「ほとりをうることあらじ」

正法眼蔵 「 弁道話 」  27 )このきはのみにかぎらむや百頭みな本面目に本修行をそなへてはかりはかるべきにあらず。しるべし、たとひ十方無量恒河沙数の諸仏ともにちからをはげまして仏智慧をもて一人坐禅の功徳をはかり、しりきはめんとすといふともあへてほとりをうることあらじ。-------------------------------------------------------------「 己なりけり軒の玉水 」雨が降り出して軒下へ雫が落ちてるそん水滴一滴を見...

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弁道話 「 妙声綿綿 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  26 )彼彼ともに一等の同修なり、同証なり。ただ坐上の修のみにあらず、空をうちてひびきをなすこと撞の前後に妙声綿綿たるものなり。このきはのみにかぎらむや、百頭みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず。---------------------------------------------------十一月も半ば過ぎると朝晩ストーブが必需品となりにけりですね、そして早朝のお空はそりゃ澄み澄みですこのォ天地が奏で...

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弁道話 「 去来現 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 25 )自覚、覚他の境界もとより証相をそなへて欠けたることなく証則おこなはれておこたる時なからしむ。ここをもて、わづかに一人一時の坐禅なりといへども、諸法とあひ冥し、諸時とまどかに通ずるがゆえに、無尽法界のなかに、去来現に常恒の仏化道事をなすなり。----------------------------------------------------瞬時も休むことなく元気一杯泳ぎ続けるマグロさん,それを一生ォ!ご苦労様でござんす...

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弁道話 「 草木牆壁 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 24 )この化道のおよぶところの草木土地ともに大光明をはなち深妙法をとくこと、きはまる時なし草木牆壁はよく凡聖含霊のために宣揚し凡聖含霊はかへって草木牆壁のために演暢す----------------------------------------一杯のご飯、よく噛まれて身体ん中通りて粉々バラバラになって分子原子素粒子そして光?のよにまでなってこの身体が魔法のよ再構築されて来るこれが理想でぎゃんしょかエエもんもワリ...

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弁道話 「 証入悟出 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 23 )又、心境ともに静中の証入悟出あれども自受用の境界なるをもて一塵をうごかさず一相をやぶらず広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす---------------------------------「 心境 」感情思考する己の内面、その [ 心 ]と環境出会いし事象、その [ 境 ]是がいつもエエ感じか? と申しますと何だかなぁ?とかアレっ?とか「 証入悟出 」 ええ時・ぱっとせん時が入れ替わる色々あります、是で終わらんトコが道...

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弁道話  「 直証 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 22 )しかあれどもこのもろもろの当人の知覚に昏ぜざらしむることは静中の無造作にして直証なるをもてなり。もし、凡流の おもひのごとく修証を両段にあらせばおのおの あひ覚知すべきなりもし覚知にまじはるは証則にあらず証則には迷情およばざるがゆえに。---------------------------------YouTubeで見るのとこじんまりしたLiveHouse超至近距離で聞くんではそりゃ、これが同じ音楽きゃ?ですね歌う方が...

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弁道話 「 共 住 同 語 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 21 )この水火を受用するたぐひみな本証の仏化を周旋するゆえにこれらの たぐひと共住して同語するものまた ことごとく あいたがひに無窮の仏徳そなはり展転広作して無尽、無間断、不可思議、不可称量の仏法を遍法界の内外に流通するものなり。---------------------------------「 共住同語 」共にすまい、同じく語る孤独で語る友がおりゃん、←是はちょと淋しいかにゃ、です neじゃ、山深くお住まいな仙...

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弁道話 「 風水の利益 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 20 )あまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに仏事を助発しひろく仏向上の機にかうぶらしめてよく仏向上の法を激揚すこのとき、十方法界の土地、草木、牆壁、瓦礫、みな仏事をなすをもてそのおこすところの風水の利益にあづかるともがらみな甚妙不可思議の仏化に冥資せられて、ちかき さとりをあらはす。---------------------------------身体の調子がエかったりとりあえず心配事が解決してるそん...

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弁道話 「 激揚 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 19 )これらの等正覚、さらにかへりてしたしく あひ冥資するみち かよふがゆえに、この坐禅人確爾として身心脱落し従来雑穢の知見思量を截断して天真の仏法に証会しあまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに仏事を助発しひろく仏向上の機にかうぶらしめてよく仏向上の法を激揚す---------------------------------激揚( げきよう )はげしく気持ちをふるい起こすさまどうしても比較競争で心が高ぶっ...

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弁道話 「 仏向上 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 18 )これらの等正覚、さらにかへりてしたしく あひ冥資するみち かよふがゆえに、この坐禅人確爾として身心脱落し従来雑穢の知見思量を截断して天真の仏法に証会しあまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに仏事を助発しひろく仏向上の機にかうぶらしめてよく仏向上の法を激揚す---------------------------------「 仏向上 」向上心の向上もそっと、ましになろか、その向上ですねその向上の文字に、...

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弁道話 「知見思量の截断」

正法眼蔵 「 弁道話 」 18 )これらの等正覚、さらにかへりてしたしく あひ冥資するみち かよふがゆえに、この坐禅人確爾として身心脱落し従来雑穢の知見思量を截断して天真の仏法に証会しあまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに仏事を助発しひろく仏向上の機にかうぶらしめてよく仏向上の法を激揚す---------------------------------「知見思量の截断(せつだん)」截[セツ]、訓読みが[たつ・きる]「ズバリとたちきる...

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弁道話  「 覚樹王に端坐して 」

正法眼蔵 「 弁道話 」 17 )ゆえに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし覚道の荘厳をあらたにすおよび十方法界、三途六道の群類みなともに一時に身心明浄にして大解脱地を証し本来面目現ずるとき諸法みな正覚を証会し万物ともに仏身を使用してすみやかに証会の辺際を一超して覚樹王に端坐して一時に無等等の大法輪を転じ究竟無為の深般若を開演す---------------------------------「 覚樹王に端坐して 」お釈迦様が菩提樹の木...

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弁道話  「 深般若を開演す 」

正法眼蔵「弁道話」 16)ゆえに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし覚道の荘厳をあらたにすおよび十方法界、三途六道の群類みなともに一時に身心明浄にして大解脱地を証し本来面目現ずるとき諸法みな正覚を証会し万物ともに仏身を使用してすみやかに証会の辺際を一超して覚樹王に端坐して一時に無等等の大法輪を転じ究竟無為の深般若を開演す---------------------------------「 深般若を開演す 」開場は17:30、コンサートのス...

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弁道話 「 荘厳をあらたにす 」

正法眼蔵「弁道話」 15 )ゆえに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし覚道の荘厳をあらたにすおよび十方法界、三途六道の群類みなともに一時に身心明浄にして大解脱地を証し本来面目現ずるとき諸法みな正覚を証会し万物ともに仏身を使用してすみやかに証会の辺際を一超して覚樹王に端坐して一時に無等等の大法輪を転じ究竟無為の深般若を開演す---------------------------------荘厳、( そうごん ) ( しょうごん )重々しくおご...

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弁道話  「 三昧に端坐する 」

正法眼蔵「弁道話」 14 ) もし人、一時なりといふとも 三業に仏印を標し 三昧に端坐するとき 遍法界みな仏印となり 尽虚空ことごとくさとりとなる ---------------------------------上り新幹線「はやぶさ10号」新函館北斗駅 06:35発東京駅    11:04着 鉄道の旅は、始発駅が確定してるんで始発の駅で並ぶと、自由席でも十分坐れますそこで「息」のお話しです普段、無意識で息してるんで息にも「始発駅」を設定できるとは思...

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弁道話 「 仏印を標し 」

正法眼蔵「弁道話」 13 ) もし人、一時なりといふとも 三業に仏印を標し 三昧に端坐するとき 遍法界みな仏印となり 尽虚空ことごとくさとりとなる ---------------------------------三業(さんごう)の三は、身口意(しんくい)の三で身体の構え・口、意識の在り様今の自分、今の在り様でしょうか「仏印を標し」はんこ(印)を押しますと毎回ほぼ同じようなものが押印されます 凹凸が転写される何故に坐禅と言う姿・形が釈尊の「印...

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弁道話 「 単伝正直 」

正法眼蔵「弁道話」 12 )宗門の正伝に曰く、この単伝正直の仏法は最上のなかに最上なり参見知識のはじめよりさらに焼香、礼拝、念仏、修懺看経をもちいずただし打坐して身心脱落することをえよ---------------------------------「 単伝正直の仏法 」親から子、子から孫へとめんめんと伝えられてる何々家の資産・伝統そのようなものそうとも読めます他方、この単伝正直の「単」は、単身赴任の単、単独登山の単ひとりを意味する...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
.
.
正法眼蔵は、
世界中の方々を鼓舞しえる
貴重な文化遺産ではないか?
でした。



坐禅体験ご希望の方へ

「 国際交流のための坐禅会
     at 仙台国際センター

希望日時に合わせ随時開催

参加費 ( 施設利用費 )は
平日3,800円/1時間/÷参加人数
土・日・祝日4,800円/1時間/÷参加人数

※ 日曜2名様開催の場合
  4,800円/1時間/÷3(主催者含)
 = 参加費用 1,600円 (split the bill )


....(施設予約状況[会議棟・和室]をご確認下さい。)


お問い合わせ先
newstoday343@gmail.com
佐々木正巳

開催者 Profile
1979年~ 
....澤木興道老師門下の
....沼田勇医学博士に師事
....大仁坐禅会に参禅
2006年
....「国際交流のための坐禅会」開催
......( 東京国立博物館 )
2006年~
....「国際交流のための坐禅会」開催
......( 仙台国際センター )






挿入の絵画一覧はコチラに
https://www.japanart.site/
( 海外の美術館が所蔵してるJapanArt
その公開FreeDataをremakeでした。)






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