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記事一覧

行 持 下  「 東 漸 」

正法眼蔵 行 持  下 「 東 漸 」西天の東来する宗旨を学せずば仏法の東漸 to-zen をあきらめざるによりていたづらに西天に迷路するなり ( 達磨大師が ( 中国へ来られました ( 大河が大海に注ぐように ( 仏法が東方へ伝わりました ( 仏法をなすとは、威儀を正し ( 聖十字の坐禅の中に ( 身を処す事に他ならないのですが ( その意味が理解出来ず ( 仏法を求めてインドへ ( 向かう人がおられるので...

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行 持 下  「 逃逝 」

正法眼蔵 行 持  下 「 逃逝 」行 持 下  25 )歩歩に謗法の邪路におもむく歩歩に親父の家郷を逃逝 to-sei すなんだち西天にいたりてなんの所得かある、ただ山水に辛苦するのみなり ( 行けば行くほど ( 仏法をないがしろにする事になります ( 行けば行くほど ( 家郷から遠ざかって行きます ( インドに行き、得る所があるかです ( ただ旅の辛苦が ( あるだけではないでしょうか ( 達磨大師の面壁坐...

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行 持 下  「 れいへい 」

正法眼蔵 行 持  下 「 れいへい 」梁の普通よりのちなほ西天にゆくものありそれなにのためぞ至愚のはなはだしきなり悪業のひくによりて他国にれいへいするなり ( 梁の普通年間 ( [ 梁の武帝の時代 520-527 ] ( 達磨大師が面壁坐禅を ( 中国に伝えた後も ( インドへ学びに行く者がありました ( 何のために行くのでしょうか ( とても愚かなことです ( 過去の悪業により ( 面壁坐禅を理解出来ず ( ...

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行 持 「 正種なき 」

正法眼蔵 行 持  下 「 正種なき 」宿殖般若の正種なきやからは祖道の遠孫とならずいたづらに名相の邪路にれいへいするもの、あはれむべし ( 過去世に ( 智慧の種を ( 植えていなかったかも ( それゆえ ( 達磨大師の法孫とならず ( いたずらに教理を検索し ( 迷路に幽閉されてしまった ( 致し方ないと言えます ( 過去世に ( 下準備してないから ( 現世でこうなっちゃった ( でもこの方程式...

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行 持  「 経師論師 」

正法眼蔵 行 持 下 「 経師論師 」しかあるに祖師の遠孫と称するともがらも楚国の至愚にゑふて玉石いまだわきまへず経師論師も斉肩すべきとおもへり少聞薄解によりてしかあるなり ( 私は達磨大師の法孫です ( そう名乗る者たちがいますが ( 楚国の愚かな人が ( 玉に似た石を大切にし ( 玉と石の違いを ( 知らなかったように ( 経典や論書を講じる師が ( 達磨大師と肩を ( 並べられると思っています...

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行 持  「 曇花一現 」

正法眼蔵 行 持  下 「 曇花一現 」曇花 (donge) の一現はやすかるべし年月をまちて算数 (san-zyu) しつべし初祖の西来はふたたびあるべからざるなり ( 優曇華の花は ( 三千年に一度咲きます ( 月日を待ちさえすれば ( この花を見ることが出来ます ( しかし、達磨大師が ( インドから来られて ( 厳粛壮麗を内に宿す ( 坐禅の行を伝えられた事は ( もう、二度とありえません ( 達磨大師が伝えられ...

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行 持 「 嫡嫡面授 」

正法眼蔵 行 持  下 「 嫡嫡面授 」真丹国にはいまだ初祖西来よりさきに嫡嫡単伝の仏子をみず嫡嫡面授の祖面を面授せず見仏いまだしかりきのちにも、初祖の遠孫のほかさらに西来せざるなり ( 達磨大師が中国に赴くまで ( 釈尊から続く坐禅の行を ( 伝える仏弟子はいませんでした ( それからも、達磨大師の縁者の他には ( これを伝えるものは、おられませんでした ( 「 嫡 Tyaku 」 世継ぎ・後継ぎの意味です...

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行 持  「 附 法 」

正法眼蔵 行 持  下 「 附 法 」初祖は釈尊第二十八世の附法なり道にありてよりこのかたいよいよおもしかくのごとくなる大聖至尊なほ師勅によりて身命をおしまざるは伝法のためなり、求生のためなり ( 達磨大師は ( 釈尊から二十八代目にあたり ( 仏道にとって重要な人となりました ( このような聖人が ( 師の命に従い中国へ渡ったのは ( 法を伝え、人々を救うためでした ( コンパスで円を描きます ( ...

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行 持  「 貴賤を知る 」

正法眼蔵 行 持  下 「 貴賤を知る 」諸侯と帝者とその儀ことなるべしその礼も軽重あれどもわきまへしらず ( 諸侯に対する礼法と ( 王に対する礼法では ( その礼法が異なります ( 礼法にも軽重があります ( この事は知られていません自己の貴賤をしらざれば自己を保任せず自己を保任せざれば自己の貴賤もともあきらむべきなり ( 己の貴賤を知れば ( 己を保つことが出来ます ( 己を保つことが出来なけれ...

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行 持  「 うやまふ儀 」

正法眼蔵  行 持  下 「 うやまふ儀 」しかあるに、初祖は南天竺国、香至王の第三皇子なりすでに天竺国の帝胤 tei-in なり、皇子なり ( 初祖 達磨大師は ( 南インド国 香至王の第三皇子 ( インド国王の子孫であり、皇子でした高貴のうやまふべき東地辺国にはかしづきたてまつるべき儀もいまだしらざるなり香なし、花なし坐褥 za-niku おろそかなり殿台つたなし ( 高貴な人を迎える礼法は ( 東地の辺国には伝わ...

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行 持  「 貴なるべし 」

正法眼蔵 行 持  下 「 貴なるべし 」たとひ卑賤なりといふとも為道為法のところにをしまずすつることあらば上天よりも貴なるべし輪王よりも貴なるべしおほよそ、天神地祇 tensin-tigi 三界衆生よりも貴なるべし ( 卑賤の身であっても ( 静かに身を正し ( 身中に、垂直に交差する ( 三本の座標軸を読み ( 中心の静謐へ向けて歌うなら ( その時その人は ( 天上人より貴く、転輪王よりも貴く ( 天上の神...

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行 持  「 をしむべからず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 をしむべからず 」をしむでのちになにもののためにかすてんとするおもくかしこからんなほ法のためにをしむべからずいはんや卑賤の身命をや ( 身命を惜しんでも ( それからが問題です ( 身命を惜しんで ( どうしようと言うのでしょうか ( 賢い人なら静謐坐禅の中へ ( 身命を捧げるのがいいのです ( 卑賤の身なら尚更です ( 子供の頃 ( 歌うことが苦手でも ( 音楽の時間みん...

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行 持  「 地水風火空 」

正法眼蔵 行 持  下 「 地水風火空 」かくのごときの辺地かくのごときの卑賤の身命をもちながらあくまで如来の正法をきかんみちにいかでかこの卑賤の身命ををしむこころあらん ( 辺地にあるこの日本で ( 卑賤の身でありながら ( 静謐坐禅に巡り合えた ( この身を惜しむなんて ( ありえません ( 身命をおしまず ( 悲壮な感じがします ( もう一つのイメージは ( ぐーたらしてない ( 打ち込むものが...

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行 持  「 家 門 」

正法眼蔵 行 持  下 「 家 門 」かくのごとくなる家門にむまれて国王のおもき職、なほさづくる人なしかろき官位なほをしむにごれるときなほしかありすめらんときは見聞もまれならん ( 滝を落ち下る流水 ( ひるむ事なく速度を上げて行きます ( 「 仕える 」 とはそう言うものです ( そういった手本を ( 見る機会がなければ ( どうして国の重職に就くことが ( 出来るでしょう ( 軽い官位でさえ難しいと言...

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行 持   「 事君事親 」

正法眼蔵 行 持  下 「 事君事親 」いまだかくのごとくの聖君の化にあはざる百姓のともがらはいかなるを事君とならひいかなるを事親とならふとしらざれば、君子としてもあはれむべきものなり親族としてもあはれむべきなり ( 天があり、地があります ( その間で人は、何が出来るのか ( そのリアルお手本を ( 漢の高祖や魏の太祖は ( 身をもって示されました ( その本人に出会えなかった人は ( 君に仕えると...

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行 持  「 三 才 」

正法眼蔵 行 持  下 「 三 才 」漢高祖および魏太祖これら天象の偈をあきらめ地形の言をつたえし帝者なりかくのごときの経典あきらむるときいささか三才あきらめきたるなり ( 漢の高祖や魏の太祖は ( 天が説く偈を ( 聞くことが出来ました ( 地の説く言葉を ( 伝えることが出来ました ( 天地の言葉を聞く事が出来れば ( いささかでも ( 天・人・地 [ 三才 ] の関係を ( 明らかに出来ます ( 天は...

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行 持  「 慈 愛 」

正法眼蔵 行 持  下 「 慈 愛 」かくのごとくして嵩山に経行するに犬あり、堯 gyo をほゆあはれんべし、至愚なり ( このようにして ( 達磨大師は嵩山にて ( 静謐なる行持を続けられました ( しかし盗人の犬が ( 天子の堯を吠えたように ( 達磨大師を ( 誹謗する人もいたのです ( 哀れむべき愚かな人ですたれのこころあらんかこの慈恩をかろくせんたれのこころあらんかこの恩を報ぜざらん ( 心ある人...

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行 持 「 習禅の篇 」

正法眼蔵 行 持  下 「 習禅の篇 」一巻の経書を将来せざれども正法伝来の正主なりしかあるを、史者あきらめず習禅の篇につらぬるは至愚なり、かなしむべし ( 達磨大師は ( 一巻の経典も携帯せずに ( インドから中国へ来られました ( しかし達磨大師は ( 正法をお伝えになられました ( 歴史家は ( その核心を理解出来ず ( 達磨大師をして ( 禅定を習錬する者と見た事は ( 愚かであり悲しむべきこ...

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行 持  「 面壁燕坐 」

正法眼蔵 行 持  下 「 面壁燕坐 」達磨をして方言に通ぜざらしめば則ち何ぞ是の時に於いて能くしかあらしめんや ( 帝又問う ( 「 如何 ika ならんか是れ (   聖諦第一義諦 syo-tai-dai-itizi-tai 」 ( 師曰く ( 「 廓然無聖 kakunen-musyo 」 ( このような的確な ( 受け答えが出来たのは ( 達磨大師はインドの方ですが ( 中国語に通じておられましたしかあればすなはち梁より魏へゆくことあきらけ...

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行 持  「 不識 hu-siki 」

正法眼蔵 行 持  下 「 不識 hu-siki 」進んで曰く、「 朕に対する者は誰そ 」又曰く、「 不識 hu-siki 」 ( さらに武帝は問います ( 凡と聖を峻別しないなら ( あなたは一体 ( どのような方なのですか? ( 師が答えられます ( 識りません ( 「 朕 ware に対する者は誰 ta そ 」 ( これは達磨大師に対して ( [ 指差し ] してる感じでしょうか ( 上のものが下を見ている ( そう見る事も出来ま...

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行 持  「 習 禅 」

正法眼蔵 行 持  下 「 習 禅 」石門の林間録に云く菩提達磨、初め梁より魏にゆく嵩山のふもとに経行 kin-hin し少林に倚杖 i-zyo す ( 石門の林間録によれば ( 菩提達磨大師は ( インドから梁の国へ渡り ( その後、魏の国へ赴いたと ( そして、嵩山 su-zan のふもと ( 少林寺に静謐坐禅の場をえたと面壁燕坐 menpeki-enza するのみなり習禅には非ず久しくして人 其の故を測ることなし因て達磨を以て習禅と為...

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行 持  「 正法眼蔵 」

正法眼蔵 行 持  下 「 正法眼蔵 」行 持 下  5 )西天と中華と土風はるかに勝劣せり方俗はるかに邪正あり大忍力の大慈にあらずよりは伝持法蔵の大聖むかふべき処在にあらず ( インドと中国では ( 風土にも習俗にも ( 大きな違いがあります ( インドから中国へ渡ろうなど ( たとえ法蔵伝持の聖者でも ( よほどの大忍慈悲心がなければ ( 思いも至りません住すべき道場なし、知人の人まれなりしばらく嵩...

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行 持   「 洛陽にいたりぬ 」

正法眼蔵 行 持  下 「 廓然無聖 」 帝曰く朕 ware に対する者は誰 ta そ 師曰く不識 hu-siki帝、領悟 ryo-go せず師、機の不契 hukei なるを知る ( 武帝が述べられます ( 師は、凡も聖もないと述べられましたが ( 師は、凡なのですか、聖なのですか ( 師がお答えになります ( 「 識りません 」 ( 武帝は師の言葉を理解出来ません ( 達磨大師も武帝とは ( 仏道の因縁が熟してないと知りますゆゑにこの...

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行 持  「 廓然無聖 」

正法眼蔵 行 持  下 「 廓然無聖 」 広州の刺史 si-si 蕭昂 syu-ko といふもの主礼をかざりて迎接したてまつるちなみに、表を修して武帝にきこゆる蕭昂が勤恪なり ( 広州の長官、蕭昂 syu-ko という人が ( 達磨大師をあつい礼をもって迎えます ( 達磨大師が ( インドからはるばる来られたことを ( 蕭昂は武帝に報告なされました ( 蕭昂は慎み深く真摯な方でした武帝すなはち奏を覧して欣悦して、使に詔をも...

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行 持 「 王 宮 」

正法眼蔵 行 持  下 「 王 宮 」いづれの生縁か王宮にあらざらんいづれの王宮か道場をさへんこのゆゑに、かくのごとく西来せり ( どのような状況 ( どのようなカルマの嵐にあっても ( ここを王宮とする事が出来ます ( この王宮こそ私達が求める道場です ( これを伝えるため ( 菩提達磨大師は来られたのです救迷情の自己なるゆゑに驚疑なく、怖畏 hu-i せず救迷情の遍界なるゆゑに驚疑せず、怖畏なし ( 迷...

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 「 嶮浪 ken-ro 」

正法眼蔵 行 持  下 「 嶮浪 ken-ro 」真丹初祖の西来東土は般若多羅尊者の教勅なり航海三載の霜華その風雪いたましきのみならんや雲煙いくかさなりの嶮浪 ken-ro なりとかせん ( 菩提達磨大師がインドから ( 中国に坐禅仏道を伝えられたは ( 菩提達磨大師の師である ( 般若多羅尊者の教勅によるものです ( 航海三年の月日は ( 厳しかったのレベルでなく ( 危険な波浪を超える旅だったと ( 察せられま...

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 行 持  「 法 操 」

正法眼蔵 行 持  「 法 操 」授手の日くれなんとす打舂の夜あけなんとすあるいは師の普説するときはわが耳目なくしていたづらに見聞をへだつ耳目そなはるときは、師またときをはりぬ ( 宗匠のもとには ( 多くの求道者が集まり ( みな同じく指導をこいます ( とはいえ ( 一人一人十分に向き合えば ( 日は暮れてしまい ( うすでつくよう、鍛えんとすれば ( 夜が明けてしまいます ( 師が要諦を説明して...

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行 持  「 難 辨 」

正法眼蔵 行 持  「 難 辨 」いま有道の宗匠の会をのぞむに真実請参せんとするときそのたよりもとも難辨なりただ二十三十箇の皮袋にあらず百千人の面々なりおのおの実帰をもとむ ( 仏道の指導者を求め ( そこに参じたいと願う時 ( 簡単にはいかない、という現実があります ( そう願うものは ( 二十人三十人ばかりではなく ( 百人千人もおられるからです ( そしてみな 「 実帰 」 を求めています   ( 心...

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行 持  「 露堂々 」

行 持  「 露堂々 」雪峰 se´po 真覚大師義存和尚かつて発心よりこのかた掛錫 ka-syaku の叢林 so-rin および行程の接待、みちはるかなりといへどもところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし雪峰草創の露堂々にいたるまでおこたらずして坐禅と同死す ( 雪峰山の真覚大師 ( 義存和尚は ( 道を求めようと発心して後 ( 叢林 so-rin での探求 ( そして日々の生活は ( 順風満帆であったとは言えません ( 道...

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行 持  「 波濤 hato 」

行 持  「 波濤 hato 」黄檗のむかしは捨衆 sya-syu して大安精舎の労侶に混迹して殿堂を掃灑 so-sai する行持あり ( 黄檗禅師のころ ( 僧堂を離れて ( 精舎を整備する方々と共に ( 伽藍を掃き清める行持がありました仏殿を掃灑し、法堂を掃灑す心を掃灑すると行持をまたずひかりを掃灑すると行持をまたず裴 hai 相国と相見せし、この時節なり ( 仏殿を掃き清め ( 法堂を掃き清めます ( 心を清めよう ( ...

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行 持  「 栽 樹 」

行 持  「 栽 樹 」臨済院慧照 e-syo 大師は黄檗 o-baku の嫡嗣 tekisi なり黄檗の会 e にありて三年なり純一に辨道するに睦州 boku-syu 陳尊宿の教訓によりて仏法の大意を黄檗にとふこと三番するにかさねて六十棒を喫す ( 臨済禅師 ~867 は ( 黄檗禅師 ~850 の法をつがれました ( 黄檗禅師に師事して三年  ( 睦州 boku-syu という方にうながされ ( 仏法の大意を三度  ( 黄檗禅師に尋ねられます ( しかし...

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行 持  「 礫 reki のほとばしりて 」

行 持  「 礫 reki のほとばしりて 」香厳 kyo-gen の智閑禅師は大潙 dai-i に耕道せしとき一句を道得せんとするに数番つひに道不得なり ( 香厳寺の智閑禅師( ~898) が ( 潙山霊祐 izan-reiyu 禅師 (771~853) に ( 師事なされていた時 ( 一句で、道を述べようと試みました ( でも、考えがまとまらず ( 一句で表わす事が出来ませんでしたこれをかなしみて書籍を火にやきて行粥飯僧となりて、年月を経歴しき ...

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行 持  「 無為絶学 」

行 持  「 無為絶学 」寒爐 kanro に炭なくひとり虚堂にふせり涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐するたとひ一知半解なくとも無為の絶学なり、これ行持なるべし ( 暖をとる炭もなく ( 一人質素な御堂に住み ( 涼しき夜、とる明かりもなく ( 月明かりの窓辺に坐しても ( 何の手応えも感じません ( しかし、これこそが ( karuma に翻弄されてないという ( 「 無為 」 の道に他なりません ( わずかな手応えも...

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行 持  「 一器水瀉 sya 一器 」

行 持  「 一器水瀉 sya 一器 」南岳大慧 nan-gaku daie 禅師懐譲 ezyo 和尚そのかみ曹谿 sokei に参じて執侍すること十五秋なりしかうして伝道授業すること一器水瀉 sya 一器なることをえたり古先の行履 anri 、もとも慕古すべし ( 南嶽懐譲 禅師は ( nangaku ezyo 677-744 ( その昔、六祖の ( 大鑑慧能禅師に参じ ( 十五年間にわたり師事します、そして ( 「 一器の水を一器にそそぎ入れる 」 ( この大鑑...

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行 持  「 恩愛諸縁 」

行 持  「 恩愛諸縁 」仏祖も恩愛なきにあらずしかあれどもなげすてきたる仏祖も諸縁なきにあらずしかあれどもなげすてきたる。 ( 仏祖も恩愛を感じていました ( しかし、からまることはありません ( 仏祖も様々な諸縁を感じていました ( しかし、からまることはありませんたとひをしむとも自他の因縁をしまるべきにあらざるがゆゑにわれもし恩愛をなげすてずば恩愛かへりてわれをなげすつべき云為 uni あるなり (...

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行 持  「 怨 家 」

行 持  「 怨 家 」光陰なにとしてかわが功夫をぬすむ一日をぬすむのみにあらず多劫の功徳をぬすむ光陰とわれと、なんの怨家ぞ ( 過ぎ去る月日は ( 私に恨みでもあるのでしょうか ( 一日の修行を盗み ( 永劫の功徳をも盗み去りますうらむべし、わが不修のしかあらしむるなるべしわれ、われとしたしからずわれ、われをうらむるなり ( しかし、移りゆく時間には ( そんな悪意はありません ( 私がちゃんと対さ...

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行 持  「 明 窓 」

行 持  「 明 窓 」このゆゑにしりぬ、古来の仏祖いたづらに一日の功夫をつひやさざる儀、よのつねに観想すべし ( この一身は ( 二度と帰らぬ大事な今です ( さらに、 ( 森羅万象と言う名の古鏡 ( 天球の内面が ( すべてを反射しここへ光を集めます ( 一身は、この集光から形成されます ( 悠久の時をものともせず ( なした事なされた事は ( 返照 karuma として戻って来て ( 「 これが君なのだ ...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

61歳です。

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090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師 
師 瀬島 龍三 先生 


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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生









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