FC2ブログ

記事一覧

行 持  下  「 髑髏形骸の功徳 」

正法眼蔵 行 持  下 「 髑髏形骸の功徳 」西天竺国には髑髏 dokuro をうり髑髏をかふ婆羅門 baramon の法ひさしく風聞せりこれ聞法 mon-po の人の髑髏形骸の、功徳おほきことを尊重するなり ( インドでは ( 髑髏を売ったり髑髏を買ったりと言う ( 婆羅門の風習があると聞いています ( 正法眼蔵の面壁坐禅の法を聞いた人の ( 遺骨や遺物に功徳があると ( 尊重されているのですいま道のために身命をすてざれば...

続きを読む

行 持  下  「 無量恒河沙の身命 」

正法眼蔵 行 持  下 「 無量恒河沙の身命 」一日に無量恒河沙 muryo-go-gasya の身命すてんことねがふべし法のためにすてん「かばね」 は世世のわれら、かへりて礼拝供養すべし諸天龍神、ともに恭敬尊重し守護讃嘆するところなり道理それ必然なるがゆゑに ( 限りない数の ( 思い出せない記憶や ( よく分からない衝動 ( これらを面壁坐禅の ( 真上からの一刀で成仏してもらおう ( しかしその屍が、無に帰すこ...

続きを読む

行 持  下  「 大 恩 」

正法眼蔵 行 持  下 「 大 恩 」一句の恩なほ報謝すべし一法の恩なほ報謝すべしいはんや正法眼蔵無上大法の大恩これを報謝せざらんや ( 何気ない言葉や ( 何気ない指導も ( その方の 「 いつくしみ 」 から ( 発せられています ( いわんや ( 正法眼蔵、面壁坐禅の法は ( 手足頭を軽くし、心身の中心に (  「 いつくしみ 」 の温かさを育む ( その具体的方法です ( それを伝えようとなされた仏祖...

続きを読む

行 持  下  「 見仏聞法 」

正法眼蔵 行 持  下 「 見仏聞法 」いまの見仏聞法は仏祖面々の行持よりきたれる慈恩なり仏祖もし単伝せずばいかにしてか今日にいたらん ( 気体→液体→固体 へと ( 固まっちゃう傾向がある ( 何気な日々の内面 ( これを面壁坐禅と言う ( 心身を具体的に運用して ( その逆に戻る法、内十字の法 ( これを私達が知る事が出来るのは ( その放置がいずれ ( その内面を苦しめるだろう ( そのように私...

続きを読む

行 持  下  「 三府の環 」

正法眼蔵 行 持  下 「 三府の環 」病雀なほ恩を忘れず三府の環よく報謝あり窮亀なほ恩をわすれず余不の印よく報謝ありかなしむべし、人面ながら畜類よりも愚劣ならんことは ( 楊宝 yo-ho に助けられた ( その雀は恩を忘れず ( その子孫を三府 san-pu に登らせ ( 恩に報いました ( 孔愉 ko-yu が ( 余不亭 yo-hutei で助けた亀は ( 四度首を左に向けて去り ( その後 孔愉が侯印を作ると ( 印の亀の...

続きを読む

行 持  下  「 七宝千子をなげすて 」

正法眼蔵 行 持  下 「 七宝千子をなげすて 」むかし仏祖のかしこかりしみな七宝千子をなげすて玉殿朱楼をすみやかにすつ涕唾 tei-da のごとくみる糞土のごとくみる  ( 仏祖方は優れておられます ( それが大事でしょう ( というものを捨て ( これが自分を守ってる ( と思われるものを ( あっさり捨てておられます ( それらを涙や唾のように ( 流れ去るものとして見えてた ( はかない土の器に (...

続きを読む

行 持  下  「 愛 惜 」

正法眼蔵 行 持  下 「 愛 惜 」禽獣よりもおろかなる恩愛をしむで、すてざることなかれたとひ愛惜 ai-zyaku すとも長年の友なるべからず ( 恩愛は自然に起こりますが ( からめとられてしまいます ( 愛し惜しんだとしても ( うたかたのよう去って行きますあくたのごとくなる家門たのみてとどまることなかれたとひとどまるともついの幽棲 yu-sei にあらず ( 家門は頼りになりますが ( 安住の家は自分で建てる...

続きを読む

行 持  下  「 報 謝 」

正法眼蔵 行 持  下 「 報 謝 」しかあれば、祖師の大恩を報謝 ho-sya せんことは一日の行持なり自己の身命をかへりみることなかれ ( 達磨大師の大恩に報いるということは ( 今日の行持である面壁坐禅 ( すなわち身に内十字を切る事に他なりません ( 「 救迷情の自己なるゆゑに (  ................驚疑なく、怖畏 hu-i せず 」 (  8/29 http://newstoday.jp/blog-entry-13.html ( 道元禅...

続きを読む

行 持  下  「 慚 愧 」

正法眼蔵 行 持  下 「 慚 愧 」正法にあふ今日のわれらをねがふべし正法にあふて身命をすてざるわれらを慚愧 zan-ki せんはづべくは、この道理をはづべきなり ( 身動き出来ない存在 ( それを救済解放してあげられる ( その貴重な正法、すなわち面壁坐禅 ( これに今日出会えた事は、奇跡的なことです ( 出会えたのに、出来るのに ( してあげない、という事がありえるでしょうか ( 呪いをかけられたように...

続きを読む

行 持  下  「 進 退 」

正法眼蔵 行 持  下 「 進 退 」いたづらなる小人と広大深遠の仏法といづれのためにか身命をすつべき賢不肖ともに進退にわづらふべからざるものなり ( 広大深遠な仏法 ( そしてその実際である面壁坐禅 ( これに出会えたならば ( どう進退を処すべきかは ( 簡単な選択なのかも知れませんしづかにおもふべし正法よに流布せざらんときは身命を正法のために抛捨 ho-sya せんことをねがふともあふべからず ( もし...

続きを読む

行 持  下  「 道 器 」

正法眼蔵 行 持  下 「 道 器 」をしむべき人身なり道器となりぬべきゆえにいま正法にあふ百千恒沙 go-sya の身命をすてても正法を参学すべし ( この身体を得た ( ということは尊いことです ( 仏道の器、すなわち ( 閉じ込められたものを ( 解放する場にもなりうるからです ( そして今、かず多くの ( 輪廻転生の中にあって ( それを実現出来る方法 ( 面壁坐禅の法に出会ったのです今日は正法眼蔵を...

続きを読む

行 持  下  「 暗頭の雲霧なり 」

正法眼蔵 行 持  下 「 暗頭の雲霧なり 」義によりては身命をかろくす殉死の礼わすれざるがごとし恩につかはるる前途ただ暗頭の雲霧なり小臣につかはれ民間に身命をすつるものむかしよりおほし ( 義によって ( 殉死の礼を遂げるように ( 恩義に導かれる人の前途には ( 暗い雲霧が広がっています ( 業の営みの中に ( 身命をすつるものが多いのです ( 小説や時代劇で ( 幾万の軍が対峙し、雌雄を決します...

続きを読む

行 持  下  「 百計千方 」

正法眼蔵 行 持  下 「 百計千方 」しかあればすなはちをしむにたとひ百計千方をもてすといふともつゐにはこれ塚中一堆の塵と化するものなり ( 惜しいと言って ( あれこれ百計をつくしても ( この身が土であることに ( かわりはありませんいはんやいたづらに小国の王民につかはれて東西に馳走するあひだ千辛万苦いくばくの身心をかくるしむる ( ましていたずらに ( 日々の奔流に追われ ( 駆け回るような日...

続きを読む

行 持  下  「 黄泉伝語 」

正法眼蔵 行 持  下 「 黄泉伝語 」香厳 kyo-gen 禅師 いはく百計千方、只だ身の為にす知らず、身は是れ塚中の塵なることを言うことなかれ、白髪に言語無しと此れは是れ、黄泉伝語の人 ( 香厳智閑禅師が述べられました ( 多くのはかりごとは ( ただ我が身のためにしています ( してはいますが、この身は ( もともと土であり、今も土であり ( そして土に帰することを忘れています ( 面壁坐禅は ( 土の情...

続きを読む

行 持  下  「 嶮 難 」

正法眼蔵 行 持  下 「 嶮 難 」しかあるに、かくのごとくの嶮難 ken-nan あるさかひを辞せず、いとはず初祖西来する玄風いまなほあふぐところにわれらが臭皮袋 syu-hitai ををしむでつゐになににかせん ( 業の救済解放が ( 正法であり面壁坐禅です ( それが如何に理解しづらい事か ( 業自体は ( その業を自ら解放できません ( 自らの業を解放出来ない ( その業に ( 深く憑依されているのですから (...

続きを読む

行 持  下  「 止 宿 」

正法眼蔵 行 持  下 「 止 宿 」ただ宿殖般若の種子ある人は不期 fu-go に入門せるもあるは算沙 san-sya の業を解脱して祖師の遠孫となれりしはともに利根 ri-kon の機なり上上の機なり正人の正種なり愚蒙 gu-mo のやからひさしく経論の草庵に止宿 si-syuku するのみなり ( 過去世に ( 智慧の種子を育てた方は ( 期せず仏道に入っても ( 業を解消する ( 面壁坐禅に合流します ( それは過去世からの ( 飽...

続きを読む

行 持  下  「 使用せず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 使用せず 」今生、つひに如来の真訣をきかず如来の正法をみず如来の面授にてらされず如来の仏心を使用せず諸仏の家風をきかざるかなしむべき一生ならん隋 唐 宋の諸代かくのごときのたぐひおほし ( 今生この身で ( 如来の秘訣を聞けず ( 如来の正法を見れず ( 如来の面授に照らされず ( 如来の仏心を使用できない ( 諸仏の家風を聞けない ( 悲しいことです ( 六世紀から十世紀 ...

続きを読む

行 持  下  「 業 力 」

正法眼蔵 行 持  下 「 業 力 」また真丹国にも祖師西来よりのち経論に倚解 i-ge して正法をとぶらはざる僧侶おほしこれ経論を披閲すといへども経論の旨趣にくらしこの黒業は今日の業力のみにあらず宿生の悪業力なり ( 達磨大師が中国へ ( 面壁坐禅を伝えられました ( その後も経論をたよりとし ( 面壁坐禅に近づかない ( 僧侶が多くおられた ( 経論を見てるのですが ( その本意に近づけないのです ( ...

続きを読む

行 持  下  「 自称せん 」

正法眼蔵 行 持  下 「 自称せん 」西天にいたりて正師をみたるといふたれかその人いまだきこえざるなりもし正師にあはばいくそばくの名称をも自称せんなきによりて自称いまだあらず ( インドに行って ( 師に会ったという人を ( 聞いたことがありません ( 師に会っていたなら ( その名を自ら言うことでしょう ( 会ってないから述べないのです ( 道元禅師は ( お堅いイメージですが ( この一節からは...

続きを読む

行 持  下  「 道念なきによりて 」

正法眼蔵 行 持  下 「 道念なきによりて 」仏法をもとむる名称ありといへども仏法をもとむる道念なきによりて西天にしても正師にあはずいたづらに論師経師にのみあへり ( 仏法を求めるという ( 強い意志はあるのですが ( 道心が整っておらず ( インドへおもむいても ( 師に出会う事が出来ません ( いたずらに論書や経典を ( 述べる師に会うのみですそのゆゑは正師は西天にも現在せれども正法をもとむる正...

続きを読む

行 持 下  「 東 漸 」

正法眼蔵 行 持  下 「 東 漸 」西天の東来する宗旨を学せずば仏法の東漸 to-zen をあきらめざるによりていたづらに西天に迷路するなり ( 達磨大師が ( 中国へ来られました ( 大河が大海に注ぐように ( 仏法が東方へ伝わりました ( 仏法をなすとは、威儀を正し ( 聖十字の坐禅の中に ( 身を処す事に他ならないのですが ( その意味が理解出来ず ( 仏法を求めてインドへ ( 向かう人がおられるので...

続きを読む

行 持 下  「 逃逝 」

正法眼蔵 行 持  下 「 逃逝 」行 持 下  25 )歩歩に謗法の邪路におもむく歩歩に親父の家郷を逃逝 to-sei すなんだち西天にいたりてなんの所得かある、ただ山水に辛苦するのみなり ( 行けば行くほど ( 仏法をないがしろにする事になります ( 行けば行くほど ( 家郷から遠ざかって行きます ( インドに行き、得る所があるかです ( ただ旅の辛苦が ( あるだけではないでしょうか ( 達磨大師の面壁坐...

続きを読む

行 持 下  「 れいへい 」

正法眼蔵 行 持  下 「 れいへい 」梁の普通よりのちなほ西天にゆくものありそれなにのためぞ至愚のはなはだしきなり悪業のひくによりて他国にれいへいするなり ( 梁の普通年間 ( [ 梁の武帝の時代 520-527 ] ( 達磨大師が面壁坐禅を ( 中国に伝えた後も ( インドへ学びに行く者がありました ( 何のために行くのでしょうか ( とても愚かなことです ( 過去の悪業により ( 面壁坐禅を理解出来ず ( ...

続きを読む

行 持 「 正種なき 」

正法眼蔵 行 持  下 「 正種なき 」宿殖般若の正種なきやからは祖道の遠孫とならずいたづらに名相の邪路にれいへいするもの、あはれむべし ( 過去世に ( 智慧の種を ( 植えていなかったかも ( それゆえ ( 達磨大師の法孫とならず ( いたずらに教理を検索し ( 迷路に幽閉されてしまった ( 致し方ないと言えます ( 過去世に ( 下準備してないから ( 現世でこうなっちゃった ( でもこの方程式...

続きを読む

行 持  「 経師論師 」

正法眼蔵 行 持 下 「 経師論師 」しかあるに祖師の遠孫と称するともがらも楚国の至愚にゑふて玉石いまだわきまへず経師論師も斉肩すべきとおもへり少聞薄解によりてしかあるなり ( 私は達磨大師の法孫です ( そう名乗る者たちがいますが ( 楚国の愚かな人が ( 玉に似た石を大切にし ( 玉と石の違いを ( 知らなかったように ( 経典や論書を講じる師が ( 達磨大師と肩を ( 並べられると思っています...

続きを読む

行 持  「 曇花一現 」

正法眼蔵 行 持  下 「 曇花一現 」曇花 (donge) の一現はやすかるべし年月をまちて算数 (san-zyu) しつべし初祖の西来はふたたびあるべからざるなり ( 優曇華の花は ( 三千年に一度咲きます ( 月日を待ちさえすれば ( この花を見ることが出来ます ( しかし、達磨大師が ( インドから来られて ( 厳粛壮麗を内に宿す ( 坐禅の行を伝えられた事は ( もう、二度とありえません ( 達磨大師が伝えられ...

続きを読む

行 持 「 嫡嫡面授 」

正法眼蔵 行 持  下 「 嫡嫡面授 」真丹国にはいまだ初祖西来よりさきに嫡嫡単伝の仏子をみず嫡嫡面授の祖面を面授せず見仏いまだしかりきのちにも、初祖の遠孫のほかさらに西来せざるなり ( 達磨大師が中国に赴くまで ( 釈尊から続く坐禅の行を ( 伝える仏弟子はいませんでした ( それからも、達磨大師の縁者の他には ( これを伝えるものは、おられませんでした ( 「 嫡 Tyaku 」 世継ぎ・後継ぎの意味です...

続きを読む

行 持  「 附 法 」

正法眼蔵 行 持  下 「 附 法 」初祖は釈尊第二十八世の附法なり道にありてよりこのかたいよいよおもしかくのごとくなる大聖至尊なほ師勅によりて身命をおしまざるは伝法のためなり、求生のためなり ( 達磨大師は ( 釈尊から二十八代目にあたり ( 仏道にとって重要な人となりました ( このような聖人が ( 師の命に従い中国へ渡ったのは ( 法を伝え、人々を救うためでした ( コンパスで円を描きます ( ...

続きを読む

行 持  「 貴賤を知る 」

正法眼蔵 行 持  下 「 貴賤を知る 」諸侯と帝者とその儀ことなるべしその礼も軽重あれどもわきまへしらず ( 諸侯に対する礼法と ( 王に対する礼法では ( その礼法が異なります ( 礼法にも軽重があります ( この事は知られていません自己の貴賤をしらざれば自己を保任せず自己を保任せざれば自己の貴賤もともあきらむべきなり ( 己の貴賤を知れば ( 己を保つことが出来ます ( 己を保つことが出来なけれ...

続きを読む

行 持  「 うやまふ儀 」

正法眼蔵  行 持  下 「 うやまふ儀 」しかあるに、初祖は南天竺国、香至王の第三皇子なりすでに天竺国の帝胤 tei-in なり、皇子なり ( 初祖 達磨大師は ( 南インド国 香至王の第三皇子 ( インド国王の子孫であり、皇子でした高貴のうやまふべき東地辺国にはかしづきたてまつるべき儀もいまだしらざるなり香なし、花なし坐褥 za-niku おろそかなり殿台つたなし ( 高貴な人を迎える礼法は ( 東地の辺国には伝わ...

続きを読む

行 持  「 貴なるべし 」

正法眼蔵 行 持  下 「 貴なるべし 」たとひ卑賤なりといふとも為道為法のところにをしまずすつることあらば上天よりも貴なるべし輪王よりも貴なるべしおほよそ、天神地祇 tensin-tigi 三界衆生よりも貴なるべし ( 卑賤の身であっても ( 静かに身を正し ( 身中に、垂直に交差する ( 三本の座標軸を読み ( 中心の静謐へ向けて歌うなら ( その時その人は ( 天上人より貴く、転輪王よりも貴く ( 天上の神...

続きを読む

行 持  「 をしむべからず 」

正法眼蔵 行 持  下 「 をしむべからず 」をしむでのちになにもののためにかすてんとするおもくかしこからんなほ法のためにをしむべからずいはんや卑賤の身命をや ( 身命を惜しんでも ( それからが問題です ( 身命を惜しんで ( どうしようと言うのでしょうか ( 賢い人なら静謐坐禅の中へ ( 身命を捧げるのがいいのです ( 卑賤の身なら尚更です ( 子供の頃 ( 歌うことが苦手でも ( 音楽の時間みん...

続きを読む

行 持  「 地水風火空 」

正法眼蔵 行 持  下 「 地水風火空 」かくのごときの辺地かくのごときの卑賤の身命をもちながらあくまで如来の正法をきかんみちにいかでかこの卑賤の身命ををしむこころあらん ( 辺地にあるこの日本で ( 卑賤の身でありながら ( 静謐坐禅に巡り合えた ( この身を惜しむなんて ( ありえません ( 身命をおしまず ( 悲壮な感じがします ( もう一つのイメージは ( ぐーたらしてない ( 打ち込むものが...

続きを読む

行 持  「 家 門 」

正法眼蔵 行 持  下 「 家 門 」かくのごとくなる家門にむまれて国王のおもき職、なほさづくる人なしかろき官位なほをしむにごれるときなほしかありすめらんときは見聞もまれならん ( 滝を落ち下る流水 ( ひるむ事なく速度を上げて行きます ( 「 仕える 」 とはそう言うものです ( そういった手本を ( 見る機会がなければ ( どうして国の重職に就くことが ( 出来るでしょう ( 軽い官位でさえ難しいと言...

続きを読む

行 持   「 事君事親 」

正法眼蔵 行 持  下 「 事君事親 」いまだかくのごとくの聖君の化にあはざる百姓のともがらはいかなるを事君とならひいかなるを事親とならふとしらざれば、君子としてもあはれむべきものなり親族としてもあはれむべきなり ( 天があり、地があります ( その間で人は、何が出来るのか ( そのリアルお手本を ( 漢の高祖や魏の太祖は ( 身をもって示されました ( その本人に出会えなかった人は ( 君に仕えると...

続きを読む

行 持  「 三 才 」

正法眼蔵 行 持  下 「 三 才 」漢高祖および魏太祖これら天象の偈をあきらめ地形の言をつたえし帝者なりかくのごときの経典あきらむるときいささか三才あきらめきたるなり ( 漢の高祖や魏の太祖は ( 天が説く偈を ( 聞くことが出来ました ( 地の説く言葉を ( 伝えることが出来ました ( 天地の言葉を聞く事が出来れば ( いささかでも ( 天・人・地 [ 三才 ] の関係を ( 明らかに出来ます ( 天は...

続きを読む

行 持  「 慈 愛 」

正法眼蔵 行 持  下 「 慈 愛 」かくのごとくして嵩山に経行するに犬あり、堯 gyo をほゆあはれんべし、至愚なり ( このようにして ( 達磨大師は嵩山にて ( 静謐なる行持を続けられました ( しかし盗人の犬が ( 天子の堯を吠えたように ( 達磨大師を ( 誹謗する人もいたのです ( 哀れむべき愚かな人ですたれのこころあらんかこの慈恩をかろくせんたれのこころあらんかこの恩を報ぜざらん ( 心ある人...

続きを読む

行 持 「 習禅の篇 」

正法眼蔵 行 持  下 「 習禅の篇 」一巻の経書を将来せざれども正法伝来の正主なりしかあるを、史者あきらめず習禅の篇につらぬるは至愚なり、かなしむべし ( 達磨大師は ( 一巻の経典も携帯せずに ( インドから中国へ来られました ( しかし達磨大師は ( 正法をお伝えになられました ( 歴史家は ( その核心を理解出来ず ( 達磨大師をして ( 禅定を習錬する者と見た事は ( 愚かであり悲しむべきこ...

続きを読む

行 持  「 面壁燕坐 」

正法眼蔵 行 持  下 「 面壁燕坐 」達磨をして方言に通ぜざらしめば則ち何ぞ是の時に於いて能くしかあらしめんや ( 帝又問う ( 「 如何 ika ならんか是れ (   聖諦第一義諦 syo-tai-dai-itizi-tai 」 ( 師曰く ( 「 廓然無聖 kakunen-musyo 」 ( このような的確な ( 受け答えが出来たのは ( 達磨大師はインドの方ですが ( 中国語に通じておられましたしかあればすなはち梁より魏へゆくことあきらけ...

続きを読む

行 持  「 不識 hu-siki 」

正法眼蔵 行 持  下 「 不識 hu-siki 」進んで曰く、「 朕に対する者は誰そ 」又曰く、「 不識 hu-siki 」 ( さらに武帝は問います ( 凡と聖を峻別しないなら ( あなたは一体 ( どのような方なのですか? ( 師が答えられます ( 識りません ( 「 朕 ware に対する者は誰 ta そ 」 ( これは達磨大師に対して ( [ 指差し ] してる感じでしょうか ( 上のものが下を見ている ( そう見る事も出来ま...

続きを読む

行 持  「 習 禅 」

正法眼蔵 行 持  下 「 習 禅 」石門の林間録に云く菩提達磨、初め梁より魏にゆく嵩山のふもとに経行 kin-hin し少林に倚杖 i-zyo す ( 石門の林間録によれば ( 菩提達磨大師は ( インドから梁の国へ渡り ( その後、魏の国へ赴いたと ( そして、嵩山 su-zan のふもと ( 少林寺に静謐坐禅の場をえたと面壁燕坐 menpeki-enza するのみなり習禅には非ず久しくして人 其の故を測ることなし因て達磨を以て習禅と為...

続きを読む

行 持  「 正法眼蔵 」

正法眼蔵 行 持  下 「 正法眼蔵 」行 持 下  5 )西天と中華と土風はるかに勝劣せり方俗はるかに邪正あり大忍力の大慈にあらずよりは伝持法蔵の大聖むかふべき処在にあらず ( インドと中国では ( 風土にも習俗にも ( 大きな違いがあります ( インドから中国へ渡ろうなど ( たとえ法蔵伝持の聖者でも ( よほどの大忍慈悲心がなければ ( 思いも至りません住すべき道場なし、知人の人まれなりしばらく嵩...

続きを読む

行 持   「 洛陽にいたりぬ 」

正法眼蔵 行 持  下 「 廓然無聖 」 帝曰く朕 ware に対する者は誰 ta そ 師曰く不識 hu-siki帝、領悟 ryo-go せず師、機の不契 hukei なるを知る ( 武帝が述べられます ( 師は、凡も聖もないと述べられましたが ( 師は、凡なのですか、聖なのですか ( 師がお答えになります ( 「 識りません 」 ( 武帝は師の言葉を理解出来ません ( 達磨大師も武帝とは ( 仏道の因縁が熟してないと知りますゆゑにこの...

続きを読む

行 持  「 廓然無聖 」

正法眼蔵 行 持  下 「 廓然無聖 」 広州の刺史 si-si 蕭昂 syu-ko といふもの主礼をかざりて迎接したてまつるちなみに、表を修して武帝にきこゆる蕭昂が勤恪なり ( 広州の長官、蕭昂 syu-ko という人が ( 達磨大師をあつい礼をもって迎えます ( 達磨大師が ( インドからはるばる来られたことを ( 蕭昂は武帝に報告なされました ( 蕭昂は慎み深く真摯な方でした武帝すなはち奏を覧して欣悦して、使に詔をも...

続きを読む

行 持 「 王 宮 」

正法眼蔵 行 持  下 「 王 宮 」いづれの生縁か王宮にあらざらんいづれの王宮か道場をさへんこのゆゑに、かくのごとく西来せり ( どのような状況 ( どのようなカルマの嵐にあっても ( ここを王宮とする事が出来ます ( この王宮こそ私達が求める道場です ( これを伝えるため ( 菩提達磨大師は来られたのです救迷情の自己なるゆゑに驚疑なく、怖畏 hu-i せず救迷情の遍界なるゆゑに驚疑せず、怖畏なし ( 迷...

続きを読む

 「 嶮浪 ken-ro 」

正法眼蔵 行 持  下 「 嶮浪 ken-ro 」真丹初祖の西来東土は般若多羅尊者の教勅なり航海三載の霜華その風雪いたましきのみならんや雲煙いくかさなりの嶮浪 ken-ro なりとかせん ( 菩提達磨大師がインドから ( 中国に坐禅仏道を伝えられたは ( 菩提達磨大師の師である ( 般若多羅尊者の教勅によるものです ( 航海三年の月日は ( 厳しかったのレベルでなく ( 危険な波浪を超える旅だったと ( 察せられま...

続きを読む

 行 持  「 法 操 」

正法眼蔵 行 持  「 法 操 」授手の日くれなんとす打舂の夜あけなんとすあるいは師の普説するときはわが耳目なくしていたづらに見聞をへだつ耳目そなはるときは、師またときをはりぬ ( 宗匠のもとには ( 多くの求道者が集まり ( みな同じく指導をこいます ( とはいえ ( 一人一人十分に向き合えば ( 日は暮れてしまい ( うすでつくよう、鍛えんとすれば ( 夜が明けてしまいます ( 師が要諦を説明して...

続きを読む

行 持  「 難 辨 」

正法眼蔵 行 持  「 難 辨 」いま有道の宗匠の会をのぞむに真実請参せんとするときそのたよりもとも難辨なりただ二十三十箇の皮袋にあらず百千人の面々なりおのおの実帰をもとむ ( 仏道の指導者を求め ( そこに参じたいと願う時 ( 簡単にはいかない、という現実があります ( そう願うものは ( 二十人三十人ばかりではなく ( 百人千人もおられるからです ( そしてみな 「 実帰 」 を求めています   ( 心...

続きを読む

行 持  「 露堂々 」

行 持  「 露堂々 」雪峰 se´po 真覚大師義存和尚かつて発心よりこのかた掛錫 ka-syaku の叢林 so-rin および行程の接待、みちはるかなりといへどもところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし雪峰草創の露堂々にいたるまでおこたらずして坐禅と同死す ( 雪峰山の真覚大師 ( 義存和尚は ( 道を求めようと発心して後 ( 叢林 so-rin での探求 ( そして日々の生活は ( 順風満帆であったとは言えません ( 道...

続きを読む

行 持  「 波濤 hato 」

行 持  「 波濤 hato 」黄檗のむかしは捨衆 sya-syu して大安精舎の労侶に混迹して殿堂を掃灑 so-sai する行持あり ( 黄檗禅師のころ ( 僧堂を離れて ( 精舎を整備する方々と共に ( 伽藍を掃き清める行持がありました仏殿を掃灑し、法堂を掃灑す心を掃灑すると行持をまたずひかりを掃灑すると行持をまたず裴 hai 相国と相見せし、この時節なり ( 仏殿を掃き清め ( 法堂を掃き清めます ( 心を清めよう ( ...

続きを読む

プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

61歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師 
師 瀬島 龍三 先生 


----------------------------------

文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生










.

最新記事

月別アーカイブ