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記事一覧

行 持  「 せめて曰く 」

行 持   17 )脇尊者、生年八十にして捨家染衣せんとす城中の少年すなわちこれをせめて曰く「愚夫朽老なり ひとえに何ぞ浅智なる 夫れ出家は、二業有り 一にはすなわち習定 二にはすなわち誦経なり いま衰耄せり、進取する所無けん みだりに清流にあとし いたずらに飽食することを知らんのみ」時に脇尊者諸々の譏議を聞いて因みに時の人に謝してしかも自ら誓って曰く我 もし三蔵の理を通ぜず三界の欲を断ぜず六神通を得...

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行 持  「 一生脇不至席 」

行 持   16 )第十波栗濕縛(ばりしば)尊者は「 一生脇不至席 」なりこれ八旬老年の辨道なりといへども當時すみやかに大法を単伝すこれ光陰をいたづらにもらさざるによりてわづかに三箇年の功夫なりといへども三菩提の正眼を単伝す尊者の在胎六十年なり出胎白髪なり誓つて屍臥せず、脇尊者と名づく乃至暗中に手より光明を放つて以て経法を取るこれ生得の奇相なり第十祖の「 ばりしば尊者 」は80歳から御修行を始められた...

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行 持  「 形体憔悴 」

行 持   15 )あるいは迦葉、頭陀行持のゆえに形体憔悴せり、衆みて軽忽するがごとしときに如來ねんごろに迦葉をめして半座をゆづりまします迦葉尊者、如來の座に坐すしるべし、摩訶迦葉は佛会の上座なり生前の行持、ことごとくあぐべからず。山道に佇む、石仏のよう実際そうなされていたのでふくよか、小ざっぱりな趣なされておられなかった摩訶迦葉尊者は一見、形体憔悴みすぼらしかったのでしょうその摩訶迦葉尊者を釈尊は...

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ハンガー

お洗濯したTシャツハンガーにかけるみたいこの身を十字にかけるその横糸のご研究でしたこれは坐禅道場行かなくても会社のデスクでも電車に坐っててもどこでも実践できるものかと( 法界定印は特殊な手組みですが )肩甲骨間、胸部の横線に力感を出せると 「 空しくならない 」....

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行 持  「 嫡 嗣 」

行 持   14 )第八摩迦訶葉尊者は釈尊の嫡嗣なり生前もはら十二頭陀を行持してさらにおこたらず十二頭陀といふは、一つには人の請を受けず日に乞食を行ず亦比丘僧の一飯食分の錢財を受けず二つには山上に止宿して人舍郡縣聚落に宿せず三つには人に従つて衣被を乞ふことを得ず人の與ふる衣被をも亦受けず但丘間の、死人の棄つる所の衣を取つて補治して之を衣る四つには野田の中の樹下に止宿す五つには一日に一食す一は僧迦僧泥...

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この身を十字にかける 4

道元禅師のレポートは何処を読んでも坐禅の姿を標準とする神妙に威儀を正そう! これで一貫していますそこで、何故坐禅の姿なの?疑問になります茶道・弓道・お能いかにも神妙威儀を感じます日常のお仕事もまた真面目な方からはそれを感じます坐禅の姿と、他スタイルを分かつものその一つが、手組み「 法界定印 」はいかにも坐禅らしいでは、法界定印って何なんですか?その推理検証です1.法界定印は  左右肩甲骨の合わせと...

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この身を十字にかける 3

こちらの文章は筋肉学( 運動生理学 )の石井直方さんのアイソメトリック Isometric Contraction に関するレポートでした。私たちが筋収縮といった場合必ずしも外観上の収縮を伴う必要はありませんでは、筋収縮の定義とは何か? それは「 筋肉が筋肉自体の中心方向に向かって...................................能動的に力を発揮すること  」 です力が中央に向かって生じていればいいわけですから伸張性収縮はもちろん筋肉の両...

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行 持  「 慈 父 」

行 持   13 )慈父大師釈迦牟尼佛十九歳の佛寿より、深山に行持して三十歳の佛寿にいたりて大地有同時成道の行持あり八旬の佛寿にいたるまでなほ山林に行持し藍に行持す、王宮にかへらず国利を領ぜず、布伽梨を衣持し在世に一経するに互換せず一盂在世に互換せず一時一日も独処することなし人天の閑供養を辞せず外道の謗を忍辱すおほよそ一化は行持なり浄衣乞食の佛儀しかしながら行持にあらずといふことなしお釈迦様は、何を...

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この身を十字にかける 2

こちらの文章は筋肉学( 運動生理学 )の石井直方さんの筋肉の特性を示すレポートでした。-----------------------------筋肉は(筋肉の)中心方向へ直線的にしか縮まない筋肉は直線的な力をなおかつ、その中心方向に向かって発揮することしかできません反対方向、つまり中心から外側に向かって力を出す筋肉もあるのではないかと誤解している人もいるかもしれませんが力のベクトルはあくまでも中心方向へだけ筋肉が自ら外に向かって伸...

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この身を十字にかける 1

威儀を正そう坐禅の姿を標準としよう正法眼蔵はそのどこを読んでもこのメッセージで一貫してますこの身を「 十字にかける 」このテーマでそのメッセージを読み解こうと思います....

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行 持  「 窮 子 」

行 持   12 )このゆえに行持をさしおかんと擬するは行持をのがれんとする邪心をかくさんがために行持をさしおくも行持なるによりて行持におもむかんとするはなほこれ行持をこころざすににたれども、真父の家郷に宝財をなげすててさらに他国れいほうの窮子となるれいほうのときの風水たとひ身命を喪失せしめずといふとも真父の宝財なげすつべきにあらず真父の法財なほ失誤するなりこのゆえに、行持はしばらくも懈倦なき法なり...

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行 持  「 花開葉落 」

行 持   11 )いまの花開葉落これ行持の見成なり磨鏡破鏡、それ行持にあらざるなしこのゆえに行持をさしおかんと擬するは行持をのがれんとする道元禅師は、仏門の方ですそれゆえその外形はスーツ&ネクタイではないし短パン&Tシャツでもありません時代と組織伝統に適した在り様なさってるでも、そのレポートは時代立場を超えて私達が何をすべきか明確に示されていますこちらのバランスボード坐禅の道場で用いる「 ざふ 」その...

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行 持  「 同生同死 」

行 持   10 )この行持に諸佛見成せられ、行持せらるるを行持せざるは、諸佛をいとひ諸佛を供養せず、行持をいとひ諸佛と同生同死せず、同学同参せざるなりこの道元禅師のレポート「 正法眼蔵 」は今から800年前のものです仏教、そして禅の中核を示してるとは言え その価値すなわちその活用価値は仏教の枠、禅の枠を超え出てる、そう推測されます国籍・年齢・職業・宗教のわくを超え日々の生活、それを豊かにする事が出来...

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行 持  「 種 子 」

行 持   9 )しかあればすなはち一日の行持これ諸佛の種子なり、諸佛の行持なり「 そこで神妙にしてなさい! 」これに即答出来る、 「 One ! 」 と応じれるこれが出来るのは理解力の問題ではなく身体のシステム・インフラの問題、と言えます大相撲の横綱に、棒高跳びの棒を差し出し「 全力で頑張りましょう! 」そう述べても、為すすべなしです名寿司店の親方競泳飛び込み台へ誘って、下を指さし「 全力で頑張りまし...

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行 持  「 本有元住にあらず 」

行 持   8 )かの行持を見成する行持はすなはちこれわれらがいまの行持なり行持のいまは自己の本有元住にあらず行持のいまは自己に去来出入するにあらずいまといふ道は行持よりさきにあるにはあらず行持現成するをいまといふ 神妙行持簡単と言えば、とても簡単な事と言えます「 神妙にしてなさい! 」「 One! 」 これだけこの神妙行持は通常の自己とは関係してない「 行持のいまは  自己に去来出入するにあらず 」こ...

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行 持  「 行持は縁起せざる 」

行 持   7 )隠顕存没に染汚せられざるがゆえにわれを見成する行持いまの当隠にこれいかなる縁起の諸法ありて行持すると不会なるは行持の会取さらに新條の特地あらざるによりてなり縁起は行持なり行持は縁起せざるがゆえにと功夫参学を審細にすべしやぁたぁ ~! 感がない何と言う事もない「 不 会 」 です神妙にしてなさい!それに即してもいいねッ!感でないのは当然なのかなと神妙にしてるわけですから「 縁起 」ああなっ...

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行 持 「 その功徳、ときにあらはれず 」

行 持   6 )過去現在未来の諸佛の行持によりて過去現在未來の諸佛は現成するなりその行持の功徳、ときにかくれずかるがゆえに発心修行すその功徳、ときにあらはれずかるがゆえに見聞覚知せずあらはれざれどもかくれずと参学すべし 正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした「 その功徳、ときにあらはれず 」そこで神妙にしてなさい!One!別に何だっちゅう事ないですしかし何ですA.日々そう心がけてるB.まったくそう...

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行 持  「 諸人の実帰なるべし 」

行 持   5 )この行持によりて日月星辰あり行持によりて大地虚空あり行持によりて依正身心あり行持によりて四大五蘊あり行持これ世人の愛処にあらざれども諸人の実帰なるべし正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」でした神妙に威儀を正し静かに坐すこれが、「 はぁ ?? 」 なのは今も昔も同様であったと( 世人の愛処にあらざる )注目すべきは次の一節です行持これ世人の愛処にあらざれども「 諸人の実帰なるべし 」行 持 ( 威儀を...

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行 持  「 道環の功徳 」

行 持   4 )われらが行持によりてこの道環の功徳ありこれによりて佛佛祖祖、佛住し、佛非し佛心し、佛成じて断絶せざるなり正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした道環の功徳「 行き詰まらない 」と言う意味でしょうかでは、普段何に行き詰まっちゃうか?内面心象が、行き詰まっちゃう骨格筋肉呼吸が、行き詰まっちゃう極端話しでは生老病死に、行き詰まってるとも言えます----------------------------------「 そこで神...

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行 持  「 大道通達 」

行 持   3 )他もしらず、われもしらずといへどもしかあるなりこのゆえに諸佛諸祖の行持によりてわれらが行持見成しわれらが大道通達するなりわれらが行持によりて諸佛の行持見成し諸佛の大道通達するなり「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」諸佛諸祖の行持それが神妙だから「 Oneッ! 」となる神妙は鏡像してく、な関係でしょうかシュタイナー先生のレポートに世界の荘厳に感動する人の心が宇宙創造の推進力に...

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行 持  「 他を保任す 」

行 持   2 )この行持の功徳われを保任し、他を保任すその宗旨はわが行持すなはち十方の匝地漫天みなその功徳をかうむる正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」この自問自答をたもつそれを、[ 考える ] の Think でするか [ 身体で参加する ] の Take でするかどちらが正しいか? と言うよりThink ですると神経衰弱になっちゃうTake ですると心身健全勇猛となるような感じ...

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行 持  「 不曽染汚 」

行 持   1 )佛祖の大道かならず無上の行持あり道環して断絶せず発心修行、菩提涅槃しばらくの間隙あらず、行持道環なりこのゆえにみづからの強爲にあらず他の強爲にあらず、不曽染汚の行持なり 正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした行いをたもつえっ、どんな行いをするんですか?「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」この自問自答をたもつとは言うもののテントを張る、お家を建てる橋をかける、ビルを建てる...

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光 明 「 通身是眼睛時なり 」

光 明   26 )雪峰山真覚大師、示衆云僧堂前に、諸人と相見し了れりこれすなはち雪峰の通身是眼睛時なり雪峰の雪峰を見する時節なり僧堂の僧堂と相見するなり保福、挙して鵞湖に問ふ僧堂前は且く置く什麼の処か望州亭、烏石嶺の相見なる鵞湖、驟歩して方丈に帰る保福便ち僧堂に入るいま帰方丈、入僧堂、これ話頭出身なり相見底の道理なり、相見了也僧堂なり地藏院真応大師云、典座庫堂に入るこの話頭は、七佛已前事なり「 僧堂...

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光 明 「 有光佛、無光佛 」

光 明   25 )しかありしよりこのかた有佛殿の無佛なるあり無佛殿の無佛なるあり有光佛あり、無光佛あり無佛光あり、有佛光あり有無を言わさずと言う表現があります強引× 1,000 倍くらいでしょうかつべこべ言わんと!なんて述べようものならパワハラで糾弾されちゃいますこの一節は、何を言わんとしてるのか信長公、本能寺で明智光秀軍強襲を知りて「 是非に及ばず、弓をもて 」なんでそうなるのッ ? とか何か意味あります...

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光 明 「 人人にあらず 」

光 明   24 )いま道取する自代は雲門に自代するなり大衆に自代するなり光明に自代するなり堂佛殿廚庫三門に自代するなりしかあれども雲門なにをよんでか僧堂佛殿廚庫三門とする大衆および人人をよんで僧堂佛殿廚庫三門とすべからずいくばくの僧堂佛殿廚庫三門かある雲門なりとやせん七佛なりとやせん四七なりとやせん二三なりとやせん拳頭なりとやせん鼻孔なりとやせんいはくの僧堂佛殿廚庫三門たとひいづれの佛祖なりとも人...

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光 明 「 衆無対 」

光 明   23 )しばらく雲門にとふなんぢなにをよんでか人人とするなにをよんでか光明とする雲門みづからいはく作麼生是光明在この問著は、疑殺話頭の光明なりしかあれども、恁麼道著すれば人人、光光なり ときに衆無対たとひ百千の道得ありとも無対を拈じて道著するなりこれ佛祖使用伝の正法眼藏涅槃妙心なり雲門自代云、僧堂佛殿廚庫三門光明とは自らが自らに働きかけるその行為のことである「 自分が自分で自分に自分する ...

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光 明 「 尽 有 」

光 明   22 )しかあればしるべし人人尽有の光明は、現成の人人なり光光、尽有の人人なり「 有 」 も 「 在 」 もともに 「 ある 」 と読めますが道元禅師の 「 有 」 は向ける( 当てる ) の意の get に相応し道元禅師の 「 在 」 は加わっている の have を意味してる有 ( 向ける ) するから、在 が現成するさて、正法眼蔵この一巻は「 光 明 」 と題されていますこちらは、慈雲尊者( 1718 ~ 1805 ) の書 「 不 見 」 で...

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光 明 「 光明尽有人人在 」

光 明   21 )光明尽有人人在なるべし光明自是人人在なり人人自有人人在なり光光自有光光在なり有有盡有有有在なり盡盡有有盡盡在なりこの一節は有 = たもつ ( 神妙に威儀を正す ) 時在 = その場所にあるという方程式を述べられてます積極的意志 ( 有 = たもつ )これを行使してこその 「 在 」道元禅師の方程式は威儀を正す、正せばこそって常に、行為と結果が 同時な方程式ですお話し転じてなぜ、遠くのものは、小さく見える...

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光 明 「 依報正報 」

光 明   20 )人人尽有光明とは渾人自是光明在なり光明といふは人人なり光明を拈得して、依報正報とせり「 主は、土の塵で人をつくり  命の息を吹き入れられた  命の息を吹き入れられた人は  生きる者となった      」..........................創世記自分以外に対して「 主 」 となるのはなんだかなぁ ・・ ですが自分が自分( 身体姿勢 ) の主となるは問題なさそう 、そう思われます自分が自分で自分へ、息...

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光 明 「 拈光爲道 」

光 明   19 )人人、自有、光明在と道取するをあきらかに聞持すべきなり百千の雲門をあつめて同参せしめ一口同音に道取せしむるなり人人、尽有、光明在は雲門の自構にあらず人人の光明みづから拈光爲道なり一部の稀な趣味人が坐禅 ( 威儀 ) をなさってこられたそれが事実と言えますでは、それに一般性はないかと言うと、ないどころか大ありどころじゃない! でしょうか「 光明在は、雲門の自構にあらず 」持って生まれて来る...

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光 明 「 傍観の現成といはず 」

光 明   17 )いま大師道の人人尽有光明在はのちに出現すべしといはず往世にありしといはず傍観の現成といはず威儀( 姿勢 ) を正すお辞儀して両股関節を押さえそのまま鳩尾を伸ばして大腰筋をはる、張力を引き出すこの垂直の張力に沿ってはく息は下り、すう息はのぼるこれだけの事です佐々木君は、おトボケな事考えてるんですね ! 確かにィ、です一方、この思考を分析してみるとこの思考は思考と実行実証結果に時差がないと...

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光 明 「 僧堂佛殿厨庫三門 」

光 明   16 )雲門山大慈雲匡真大師は如来世尊より三十九世の児孫なり法を雪峰真覚大師に嗣す佛衆の晩進なりといへども席の英雄なりたれか雲門山に光明佛の未曽出世と道取せんあるとき、上堂示衆云人人尽く光明の在る有り看る時見ず暗昏昏なり作麼生ならんか是れ諸人の光明在ること衆、対ふること無し自ら代て云く僧堂佛殿厨庫三門「 僧堂佛殿厨庫三門 」僧堂 - お家があって佛殿 - 仏を祀って厨庫 - 生活がある大慈雲匡真大師...

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光 明 「 皮肉骨髓 」

光 明   15 )佛道に修證する尽十方界は髑髏形骸、皮肉骨髓なり正法眼蔵には何が書かれてるのでしょう?「 出身の活路 」 が書かれてる家にこもりっきりそれでは息づまっちゃうお外で新鮮な空気を吸わなきゃとなります威儀( 姿勢 ) を正すお辞儀して両股関節を押さえそのまま鳩尾を伸ばして大腰筋をはる、張力を引き出すこの垂直の張力に沿ってはく息は下り、すう息はのぼるこれだけの事ですが身体 ( 髑髏形骸、皮肉骨髓 ) を...

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光 明 「 髑髏七尺 」

光 明   14 )尽十方界は是自己なり是自己は尽十方界なり廻避の余地あるべからずたとひ廻避の地ありともこれ出身の活路なり而今の髑髏七尺すなはち尽十方界の形なり、象なり出歩かないこれは異常事態です一方、佛道を修証するにはまたとないチャンス家の中でのあらゆる動作心作じゃなく動作、それをPKシュート動き出し モードにプロポーズ ? 開口一秒前 モードに骨格・筋肉・呼吸( 髑髏形骸、皮肉骨髓 )これに精神を打ち込...

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光明 「 証 験 」

光 明   13 )草木牆壁、皮肉骨髓これ光明の赤白なり烟霞水石、鳥道玄路これ光明の廻環なり自己の光明を見聞するは値佛の証験なり、見佛の証験なり「...................一方では、自我と......................物質体および感覚器官が直接対峙する......................それらはエーテル体( 過去→未来 )( 生命 )と ......................アストラル体( 未来→過去 )( 感受 )の流れに......................直角に交わる........

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光 明 「 修証はなきにあらず 」

光 明   12 )生死去來は、光明の去來なり超凡越聖は、光明の藍朱なり作佛作祖は、光明の玄黄なり修証はなきにあらず、光明の染汚なり「 修証はなきにあらず 」祖師方の御提示なされしものそれはきちぃっと威儀を正した骨格・筋肉・呼吸それをその中から感じるよう自己を投入した状態感性そこにおいての 「 ありのまま 」と言えますある意味ぜんぜん「 ありのまま 」ではありませんとは言えきちぃっと威儀を正せば逆にそっちの...

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光 明 「 尽十方界 」

光 明   11 )しかあれば明明の光明は百草なり百草の光明、すでに根莖枝葉花菓光色、いまだ与奪あらず五道の光明あり、六道の光明あり這裏是什麼処在なればか説光説明する云何忽生山河大地なるべし長沙道の尽十方界是自己光明の道取を審細に参学すべきなり光明、自己、尽十方界を参学すべきなり「 自分が自分で自分を自分する 」坐禅 ( 威儀 ) を要約された澤木興道老師のコメントでしたその実際はお辞儀をして両股関節を押さ...

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光 明 「 佛光をみて 」

光 明   10 )しかありといへども韓文公なほ佛書を見聞せざるところありいはゆる佛光非青黄赤白等の道いかにあるべしとか学しきたれる卿もし青黄赤白をみて佛光にあらずと参学するちからあらばさらに佛光をみて青黄赤白とすることなかれ憲宗皇帝もし佛祖ならんにはかくのごとくの宣問ありぬべし「 自分が自分で自分を自分する 」これは坐禅 ( 威儀 ) を要約された澤木興道老師の言葉です「 佛光をみて  青黄赤白とすることな...

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光 明 「 文公無対なり 」

光 明   9 )唐憲宗皇帝は穆宗、宣宗、兩皇帝の帝父なり敬宗、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり佛舍利を拜請して入内供養のちなみに夜放光明あり皇帝大絓し、早朝の群臣みな賀表をたてまつるにいはく陛下の聖徳聖感なりときに一臣あり韓愈文公なり。字は退之といふかつて佛祖の席末に参学しきたれり文公ひとり賀表せず憲宗皇帝宣問す群臣みな賀表をたてまつる卿なんぞ賀表せざる文公奏對す微臣かつて佛書をみるにいはく佛光は青黄...

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光 明 「 眼睛裏 」

光 明   8 )これ話頭光なり此光は佛光なり照東方は東方照なり東方は彼此の俗論にあらず法界の中心なり、拳頭の中央なり東方を礙すといへども光明の八両なり此土に東方あり、他土に東方あり東方に東方ある宗旨を参学すべし万八千といふは万は半拳頭なり半心なりかならずしも十千にあらず万万百万等にあらず佛土といふは、眼睛裏なり照東方のことばを見聞して一條白練去を東方ひきわたせらんがごとくに憶想参学するは学道にあら...

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光 明 「 佛 土 」

光 明   7 )いはゆる佛の光明は尽十方界なり尽佛尽なり、唯佛与佛なり佛光なり、光佛なり佛は佛を光明とせりこの光明を修証して作佛し、坐佛し、證佛すこのゆえに此光照東方万八千佛土の道著あり.............................「 神を見る事は出来ないが.............................  神をする事は出来る   」...........................................澤木興道 (1880 - 1965)神妙に、身体で十字を切るこれがとりも...

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光 明 「 胡 乱 」

光 明   6 )漢より隋唐宋および而今にいたるまでかくのごとくの流類おほきのみなり文字の法師に習学することなかれ禪師胡乱の説、きくべからず胡 Koは、でたらめ乱 Ranは、むやみにみだれる「 光 明 」を視聴覚の対象や思考信条の対象そのようにイメージしてしまうこれが「 胡 乱 」であるでは、そうならないためにはどうしたらいいのか姿勢を正す、威儀を正すそうなるわけですが如何せん、はいッそうですかはいッ!そうですね...

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光 明 「 眼 睛 」

光 明   5 )転疎転遠の臭皮袋おもはくは佛光も自己光明も赤白青黄にして火光水光のごとく珠光玉光のごとく龍天の光のごとく日月の光のごとくなるべしと見解す或従知識し或従経巻すといへども光明の言教をきくには螢光のごとくならんとおもふさらに眼睛頂頁の参学にあらず祖師方の言葉は辛辣と言えば辛辣です「 臭皮袋 」この身体の事でしょうかしかし、この身体が大事貴重な身体となるか臭皮袋となるかはピント外れな ( 転疎転...

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光 明 「 疎 遠 」

光 明   4 )それよりさきは佛の光明を見聞せるなかりきいはんや自己の光明をしれるあらんやたとひその光明は頂より擔来して相逢すといへども自己の眼睛に参学せずこのゆえに光明の長短方円をあきらめず光明の卷舒斂放をあきらめず光明の相逢を却するゆえに光明と光明と転疎転遠なりこの疎遠たとひ光明なりとも疎遠に礙せらるるなり。自らの意志を発揮して呼吸の上下を監視するこの注意力をもう一人の自分から見るとまるで 「 ...

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光 明 「 正伝 」

光 明   3 )震旦國、後漢の孝明皇帝帝諱は莊なり、廟号は顕宗皇帝とまうす光武皇帝の第四の御子なり孝明皇帝の御宇、永平十年戊辰のとし摩騰、竺法蘭、はじめて佛を漢國に伝来す焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し佛の力をあらはすそれよりのち梁武帝の御普通年中にいたりて初みづから西天より南海の広州に幸すこれ正法眼藏正伝の嫡嗣なり釋牟尼佛より二十八世の法孫なりちなみに嵩山の少室峰少林寺に掛錫しまします法を二太禪...

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光 明 「 転疎転遠 」

光 明   2 )仏道の参学かならず勤学すべし転疎転遠なるべからずこれによりて光明を学得せる作家まれなるものなり 自家の坐牀(Zasyo)を 抛却(Hokyaku)して みだりに他国の塵境(Zinkyo)に去来せん「 普勧坐禅儀 」の一節でしたぼやっとしてるこれは分かりますが喜怒哀楽のフレーズを内面で大声で歌ってるこれがみだりに他国の塵境(Zinkyo)に去来してるそうは、なかなか思えませんどんな時自家に帰っているんでしょう...

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光 明 「 尽十方界 」

光 明   1 )大宋國湖南長沙招賢大師上堂示衆云尽十方界、是れ沙門の眼尽十方界、是れ沙門の家常語尽十方界、是れ沙門の全身尽十方界、是れ自己の光明尽十方界、自己の光明裏に在り尽十方界、一人として是れ自己にあらざる無し正法眼蔵 第十五巻 は「 光 明 」 でしたこちらの お写真「 Balance Board 」 椅子の上 でした尽十方界、身体で十字を切るこのような不安定な上に坐りますと俄然、きちぃ縦線を引かんとすそのテンシ...

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空 華 「 地空ともに 」

空 華   59 )蓋国買無門は蓋國買はなきにあらず買無門なり従地発の空華あり従花開の盡地ありしかあればしるべし空華は、地空ともに開発せしむる宗旨なり正法眼蔵 「 空 華 」ラスト一節でした 。泣きたくなる時もある踊りたくなる時もある心魂は、有為転変なる哉です色々あるけど精神 ( 空 ) を一本この身 ( 地 ) に通してしゃんと威儀を正す大樹、千年の四季を覧すでしょうか ....

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空 華 「 従 地 」

空 華   58 )師いはく空華地より発け、蓋国買ふに門無しこの道取、ひとへに自余の道取に準的すべからずよのつねの方は空花の空花を論ずるには於空に生じてさらに於空に滅するとのみ道取す従空しれる、なほいまだあらずいはんや従地としらんやただひとり石門のみしれり従地といふは初中後、つひに従地なり発は開なりこの正當恁麼のとき従尽大地発なり、従尽大地開なり身体の中を空花 ( 精神 ) が上下する上下する時身体は地華...

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空 華 「 山中の宝 」

空 華   57 )大宋國石門山の慧徹禪師は梁山下の尊宿なりちなみに僧ありてとふ如何ならんか是れ山中の宝この問取の宗旨はたとへば如何ならんか是れ佛と問取するにおなじ如何是道と問取するがごとくなり師いはく空華地より発け、蓋國買ふに門無し「 門無し 」何かの協会団体が秘密?を隠しておられる独占販売?なされてるそうではありませんそれは open なものですこれが、慧徹禪師の立ち位置でしょうか空華・山中の宝は、悟る...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
61歳です。

師 沼田 勇 先生 ( 玄米 )
師 中川 宗淵 老師 ( 三島 龍沢寺 )
師 瀬島 龍三 先生 

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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生
















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