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記事一覧

正法眼蔵 弁道話 15

正法眼蔵「弁道話」 15 )ゆえに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし覚道の荘厳をあらたにすおよび十方法界、三途六道の群類みなともに一時に身心明浄にして大解脱地を証し本来面目現ずるとき諸法みな正覚を証会し万物ともに仏身を使用してすみやかに証会の辺際を一超して覚樹王に端坐して一時に無等等の大法輪を転じ究竟無為の深般若を開演す---------------------------------荘厳、( そうごん ) ( しょうごん )重々しくおご...

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正法眼蔵 弁道話 14

正法眼蔵「弁道話」 14 ) もし人、一時なりといふとも 三業に仏印を標し 三昧に端坐するとき 遍法界みな仏印となり 尽虚空ことごとくさとりとなる ---------------------------------上り新幹線「はやぶさ10号」新函館北斗駅 06:35発東京駅    11:04着 鉄道の旅は、始発駅が確定してるんで始発の駅で並ぶと、自由席でも十分坐れますそこで「息」のお話しです普段、無意識で息してるんで息にも「始発駅」を設定できるとは思...

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正法眼蔵 弁道話 13

正法眼蔵「弁道話」 13 ) もし人、一時なりといふとも 三業に仏印を標し 三昧に端坐するとき 遍法界みな仏印となり 尽虚空ことごとくさとりとなる ---------------------------------三業(さんごう)の三は、身口意(しんくい)の三で身体の構え・口、意識の在り様今の自分、今の在り様でしょうか「仏印を標し」はんこ(印)を押しますと毎回ほぼ同じようなものが押印されます 凹凸が転写される何故に坐禅と言う姿・形が釈尊の「印...

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正法眼蔵 弁道話 12

正法眼蔵「弁道話」 12 )宗門の正伝に曰く、この単伝正直の仏法は最上のなかに最上なり参見知識のはじめよりさらに焼香、礼拝、念仏、修懺看経をもちいずただし打坐して身心脱落することをえよ---------------------------------「 単伝正直の仏法 」親から子、子から孫へとめんめんと伝えられてる何々家の資産・伝統そのようなものそうとも読めます他方、この単伝正直の「単」は、単身赴任の単、単独登山の単ひとりを意味する...

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正法眼蔵 弁道話 11

正法眼蔵「弁道話」 11 )曰く、仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏ともに自受用三昧に端坐依行するをその開悟のまさしきみちとせり西天東地、さとりをえし人その風にしたがへりこれ、師資ひそかに妙術を正伝し真訣を稟持せしによりてなり---------------------------------端坐依行(たんざえぎょう)端正なお顔をなされてる、の「端」まっすぐ、きちんとしてると言う端に坐るが続くので、「端坐」はまっすぐお行儀良くお坐りになっ...

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正法眼蔵 弁道話 その10

正法眼蔵「弁道話」 10) 曰く、大師釈尊 霊山会上にして法を迦葉につけ 祖祖正伝して菩提達磨尊者にいたる 尊者みづから神丹国におもむき 法を慧可大師につけき これ東地の仏法伝来のはじめなり かくのごとく単伝して おのづから六祖 大鑑禅師にいたる このとき、真実の仏法 まさに東漢に流演して 節目にかかはらぬ宗あらはれき ときに六祖に二位の神足ありき 南嶽の懐譲と青原の行思となり ともに仏印を伝持して...

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正法眼蔵 弁道話 その 9

正法眼蔵「弁道話」 9) 貧道はいま 雲遊萍寄をこととすれば いづれの山川をかとぶらはん これをあはれむゆえに まのあたり大宋国にして 禅林の風規を見聞し 知識の玄旨を稟持せしを しるしあつめて 参学閑道の人にのこして 仏家の正法をしらしめんとす これ真訣ならんかも--------------------------------雲遊萍寄(うんゆうひょうき)萍(ひょう)は、浮草の事寄は、身を寄せるの(き)雲は自由に遊んでるけれど浮草の...

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正法眼蔵 弁道話 その8

正法眼蔵「弁道話」 8 ) いたづらに邪師にまどはされて みだりに正解をおほひ むなしく自狂によふて ひさしく迷郷にしづまん なにによりてか般若の正種を長じ 得道の時をえん--------------------------------道元禅師は帰国後当時の社会秩序・仏教界から何故排斥されたのか?です正しい正しくないいいの悪いの、その論争なら大した話しにならなかったしかし禅師の教育プログラムはすべてのお話しが坐禅を通して自己の主体...

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正法眼蔵 弁道話 その7

正法眼蔵「弁道話」 7) しかあるに 弘通のこころを放下せん 激揚のときをまつゆえに しばらく雲遊萍寄して まさに先哲の風をきこえんとす ただし、 おのづから名利にかかはらず 道念をさきとせん 真実の参学あらんか。---------------------------------正法眼蔵のスタートは帰国後4年目の1231年、道元禅師31歳の時です 「弘法衆生をおもひとせり」人々(衆生)のためになるこの教育プログラム(坐禅)を...

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正法眼蔵 弁道話 その6

正法眼蔵「弁道話」 6) 全公は、祖師西和尚の上足として ひとり無上の佛法を正傳せり あへて余輩のならぶべきにあらず 予かさねて大宋國におもむき、 知識を両浙にとぶらひ、 家風を五門にきく。---------------------------------1217年、17歳の道元禅師が師事した全公(明全)と言う方は建仁寺の栄西禅師の高弟であられた(栄西禅師はこの2年前 75歳で亡くなられています)どの道であれ師事した先生、上司先輩に対し「...

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