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弁道話 「 禅宗の号 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  40 )とうていはく三学のなかに定学あり六度のなかに禅度ありともにこれ一切の菩薩の初心よりまなぶところ利鈍をわかず修行すいまの坐禅も、そのひとつなるべしなにによりてか、このなかに如来の正法あつめたりといふやしめしていはくいまこの如来 一大事の正法眼蔵 無上の大法を禅宗となづくるゆえにこの問きたれりしるべし、この禅宗の号は神丹以東におこれり竺乾にはきかずはじめ達磨大師、嵩山の少...

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弁道話 「 凡聖の道 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  39 )しかあるを、いまはまさしく仏印によりて万事を放下し一向に坐禅するとき迷悟情量のほとりをこえて凡聖のみちにかかはらずすみやかに格外に逍遥し大菩提を受用するなりかの文字の筌罤に関わるものの肩を並ぶるにおよばんや-------------------------------------------------------「 凡聖の道に関わらず 」凡人を脱して聖人にでもなりたいもんじゃにゃこれが人情チュもんでしょうか自分に対しても...

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弁道話 「 承 当 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  38 )又しるべし、われらはもとより無上菩提かけたるにあらずとこしなへに受用すといへども承当することをえざるゆえにみだりに知見をおこすことをならひとしてこれを物とおふによりて大道いたづらに蹉過すこの知見によりて、空華まちまちなりあるいは十二輪転二十五有の境界とおもひ三乗五乗、有仏無仏の見つくることなしこの知見をならうて仏道修行の正道とおもふべからず---------------------------...

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弁道話 「 哲 匠 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  38 )また、仏法を伝授することはかならず証契の人をその宗師とすべし文字をかぞふる学者をもてその導師とするにたらず一盲の衆盲をひかんがごとしいまこの仏祖正伝の門下にはみな得道証契の哲匠をうやまひて仏法を住持せしむかるがゆえに冥陽の神道も来たり帰依し証果の羅漢も来たり問法するにおのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし余門にいまだきかざるところなりただ仏弟子は仏法をなら...

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弁道話 「 水中の月なり 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  37 )しめしていはく、しるべし仏家には、教の殊劣を対論することなく法の浅深をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし草華山水にひかれて仏道に流入することありき土石沙礫をにぎりて仏印を稟持することありいはんや広大の文字は万象にあまりてなほゆたかなり転大法輪、又 一塵にをさまれりしかあればすなはち即心即仏の言葉、なほこれ水中の月なり即坐成仏のむね、さらに又かがみのうちのかげなりこと...

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弁道話 「 さしおきて 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  36 )とふていはく、いまわが朝に伝はれるところの法華宗、華厳教、ともに大乗の究竟なり。いはんや真言宗のごときは、毘盧遮那如来したしく金剛薩埵につたえへて師資みだりならず。その談ずるむね、即心是仏、是心作仏といふて多劫の修行をふることなく、一座に五仏の正覚をとなふ仏法の極妙といふべししかあるに、いまいふところの修行なにのすぐれたることあればかれらをさしおきて、ひとへにこれを...

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弁道話 「 正 師 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  35 )ただまさに知るべし、七仏の妙法は、得道明心の宗匠に契心証会の学人あひしたがうて正伝すれば的旨あらはれて稟持せらるるなり文字習学の法師のしりおよぶべきにあらず。しかあればすなはち、この疑迷をやめて、正師の教えにより坐禅弁道して諸仏自受用三昧を証得すべし-------------------------------------------正しい師について実践せんとね、とでは、どんな方をして正しい師とみるかそれは自...

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弁道話 「合薬を忘れん 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  34 )文を見ながら修する道にくらきそれ医方を見る人の合薬を忘れんなにの益かあらん口声を暇なくせる、春の田のカエルの昼夜に鳴くが如しつひに又益なしいはんや深く名利に惑はさるるやからこれらのことをすてがたしそれ利貪の心はなはだ深きゆえに昔すでにありき、いまの世になからんやもともあはれむべし-------------------------------------------昔も今も、変わっちょらん何が変わっちょらんかぁ...

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弁道話  「 功徳に擬せん 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  33 )又、経書を開くことは、ほとけ頓漸修行の儀則を教えおけるをあきらめ知り教の如く修行すればかならず証をとらしめんとなりいたづらに思量念度を費やして、菩提をうる功徳に擬せんとには、あらぬなりおろかに千万誦の口業をしきりにして仏道に至らんとするはなほこれながえを北にして越に向かはんと思はんが如し又、円孔に方木を入れんとせんに同じ-----------------------------------------------...

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弁道話 「 仏法に擬するに 」

正法眼蔵 「 弁道話 」  32 )又、読経 念仏等の勤めにうるところの功徳をなんぢ知るやいなやただ舌を動かし、声をあぐるを仏事功徳とおもへるいとはかなし仏法に擬するにうたた遠くいよいよはるかなり。--------------------------------------------------------読経 念仏もわりぃこっちゃないけんど道元禅師のねらいとはちょと違う大いに遥かに違うッ!ちゅう事でしょうかこの身ひとつを掌握せんとす坐禅ですがこの身の主と...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
60歳です。


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