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記事一覧

坐禅箴 「 不執坐相 」

坐禅箴  16)若執坐相、非達其理いはゆる執坐相とは坐相を捨し、坐相を触するなりこの道理は、すでに坐仏するには不執坐相なることえざるなり不執坐相なることえざるがゆえに執坐相はたとひ玲瓏なりとも非達其理なるべし恁麼の功夫を脱落身心といふいまだかつて坐せざるものにこの道理のあるにあらず打坐時にあり、打坐人にあり打坐仏にあり、学坐仏にありただ人の坐臥する坐の此の打坐仏なるにあらず人坐のおのづから坐仏・仏...

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坐禅箴 「 殺仏の功徳 」

坐禅箴  15)南嶽いはく汝若坐仏、即是殺仏いはゆるさらに坐仏を参究するに殺仏の功徳あり坐仏の正当恁麼時は殺仏なり殺仏の相好光明は、たづねんとするにかならず坐仏なるべし殺の言、たとひ凡夫の言葉に等しくともひとへに凡夫と同ずべからず又坐仏の殺仏なるは什麼(いか)なる形段が有る、と参究すべし仏功徳すでに殺仏なるを拈挙してわれらが殺人・未殺人をも参究すべし正法眼蔵第十二巻は 「坐禅箴(ざぜんしん)」でした止...

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坐禅箴 「 非定相を荘厳とせる 」

坐禅箴  14)南嶽いはく若し坐仏を学せば、仏は定相に非ずいはゆる道取を道取せんには恁麼なり坐仏の一仏二仏のごとくなるは非定相を荘厳とせるによりてなりいま仏非定相と道取するは仏相を道取するなり非定相仏なるがゆえに坐仏さらに廻避しがたきなりしかあればすなはち仏非定相の荘厳なるゆえに若学坐禅すなはち坐仏なりたれか無住法におきてほとけにあらずと取捨し仏なりと取捨せん取捨さきより脱落せるによりて坐仏なるな...

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坐禅箴 「 正嫡の児孫 」

坐禅箴  13)大寂無対なるいたづらに蹉過すべからず抛せん引玉あり回頭換面ありこの無対さらにざん脱すべからず南嶽、又、しめしていはく汝坐禅を学せば、坐仏を学すと為すこの道取を参学してまさに祖宗の要機をはん取すべしいはゆる学坐禅の端的いかなりとしらざるに学坐仏としりぬ正嫡の児孫にあらずよりはいかでか学坐禅の学坐仏なると道取せんまことにしるべし初心の坐禅は最初の坐禅なり最初の坐禅は最初の坐仏なり坐禅を...

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坐禅箴 「 門とは出ずる要路なり 」

坐禅箴  12)第八唯有一門の事 文句の五に云く唯有一門とは上の種々の法門を以て仏道を宣示す、に譬う門に又二あり、宅門と車門となり宅とは生死なり、門とは出ずる要路なり此は方便経の詮なり車とは大乗の法なり、門とは円教の詮なりと御義口伝に云く、一門とは法華経の信心なり車とは法華経なり牛とは南無妙法蓮華経なり宅とは煩悩なり自身法性の大地を生死生死とめぐり行くなり云々正法眼蔵第十二巻は 「坐禅箴(ざぜんしん...

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坐禅箴 「 打車の法 」

坐禅箴 11 )世間に打車の法なし凡夫に打車の法なくとも仏道に打車の法あることをしりぬ参学の眼目なりたとひ打車の法あることを学すとも打牛と一等なるべからず審細に功夫すべし打牛の法たとひ世の常にありとも仏道の打牛はさらにたづね参学すべし水牛を打牛するか鉄牛を打牛するか泥牛を打牛するか鞭打なるべきか尽界打なるべきか尽心打なるべきか打迸髄なるべきか拳頭打なるべきか拳打拳あるべし牛打牛あるべし正法眼蔵第十二...

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坐禅箴 「 如人駕車 」

坐禅箴 10 )南嶽曰く人の車を駕するが如き車若し行かずは車を打つが即ち是か牛を打つが即ち是かしばらく、車若不行といふはいかならんかこれ車行いかならんか車不行たとへば、水流は車行なるか水不流は車行なるか流は水の不行といふつべし水の行は流にあらざるにもあるべきなりしかあれば車若不行の道を参究せんには不行ありとも参ずべし不行なしとも参ずべし時なるべきがゆえに若不行の道ひとへに不行と道取せるにあらず打車即...

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坐禅箴 「 一時の出現 」

坐禅箴 9 )大寂曰く磨瓦あに鏡を成すことを得んやまことに磨瓦の鉄漢なる他の力量をからざれども磨瓦は成鏡にあらず成鏡たとひなりともすみやかなるべし南嶽いはく坐禅あに作仏を得んやあきらかにしりぬ坐禅の作仏をまつにあらざる道理あり作仏の坐禅にかかはれざる宗旨かくれず大寂いはく、如何即是いまの道取、ひとすぢに這頭の問著に相似せりといへども那頭の即是をも問著するなりたとへば親友の親友に相見する時節をしるべ...

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坐禅箴 「 古鏡明鏡 」

坐禅箴 8 )南学いはく、磨して鏡となすこの道旨、あきらむべし磨作鏡は、道理かならずあり見成の公案あり、虚設なるべからず瓦はたとひ瓦なりとも鏡はたとひ鏡なりとも磨の道理を力究するに許多の榜様あることをしるべし古鏡も明鏡も磨瓦より作鏡をうるなるべしもし諸鏡は磨瓦よりきたるとしらざれば仏祖の道得なし、仏祖の開口なし仏祖の出気を見聞せず 正法眼蔵第十二巻は 「坐禅箴(ざぜんしん)」でした頭頂・眉間・人中・...

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坐禅箴 「 通 路 」

坐禅箴 7 )南嶽ときに一瓦をとりて石上にあてて研ぐ大寂つひに問うにいはく師、何をかなすまことに、誰かこれを磨せんとみざらん誰かこれを磨せんとみんしかあれどもませんはかくのごとくそしもと問せられきたるなり作什麼なるはかならず磨せんなり此土他界ことなるといふとも磨せんいまだやまざる宗旨あるべし自己の所見を自己の所見と決定せざるのみにあらず万般の作業に参学すべき宗旨あることを一定するなりしるべし、仏を...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
61歳です。


「 姿勢レッスン 」はこちらでした。

https://ozigi.info/






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