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記事一覧

光 明 「 通身是眼睛時なり 」

光 明   26 )雪峰山真覚大師、示衆云僧堂前に、諸人と相見し了れりこれすなはち雪峰の通身是眼睛時なり雪峰の雪峰を見する時節なり僧堂の僧堂と相見するなり保福、挙して鵞湖に問ふ僧堂前は且く置く什麼の処か望州亭、烏石嶺の相見なる鵞湖、驟歩して方丈に帰る保福便ち僧堂に入るいま帰方丈、入僧堂、これ話頭出身なり相見底の道理なり、相見了也僧堂なり地藏院真応大師云、典座庫堂に入るこの話頭は、七佛已前事なり「 僧堂...

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光 明 「 有光佛、無光佛 」

光 明   25 )しかありしよりこのかた有佛殿の無佛なるあり無佛殿の無佛なるあり有光佛あり、無光佛あり無佛光あり、有佛光あり有無を言わさずと言う表現があります強引× 1,000 倍くらいでしょうかつべこべ言わんと!なんて述べようものならパワハラで糾弾されちゃいますこの一節は、何を言わんとしてるのか信長公、本能寺で明智光秀軍強襲を知りて「 是非に及ばず、弓をもて 」なんでそうなるのッ ? とか何か意味あります...

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光 明 「 人人にあらず 」

光 明   24 )いま道取する自代は雲門に自代するなり大衆に自代するなり光明に自代するなり堂佛殿廚庫三門に自代するなりしかあれども雲門なにをよんでか僧堂佛殿廚庫三門とする大衆および人人をよんで僧堂佛殿廚庫三門とすべからずいくばくの僧堂佛殿廚庫三門かある雲門なりとやせん七佛なりとやせん四七なりとやせん二三なりとやせん拳頭なりとやせん鼻孔なりとやせんいはくの僧堂佛殿廚庫三門たとひいづれの佛祖なりとも人...

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光 明 「 衆無対 」

光 明   23 )しばらく雲門にとふなんぢなにをよんでか人人とするなにをよんでか光明とする雲門みづからいはく作麼生是光明在この問著は、疑殺話頭の光明なりしかあれども、恁麼道著すれば人人、光光なり ときに衆無対たとひ百千の道得ありとも無対を拈じて道著するなりこれ佛祖使用伝の正法眼藏涅槃妙心なり雲門自代云、僧堂佛殿廚庫三門光明とは自らが自らに働きかけるその行為のことである「 自分が自分で自分に自分する ...

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光 明 「 尽 有 」

光 明   22 )しかあればしるべし人人尽有の光明は、現成の人人なり光光、尽有の人人なり「 有 」 も 「 在 」 もともに 「 ある 」 と読めますが道元禅師の 「 有 」 は向ける( 当てる ) の意の get に相応し道元禅師の 「 在 」 は加わっている の have を意味してる有 ( 向ける ) するから、在 が現成するさて、正法眼蔵この一巻は「 光 明 」 と題されていますこちらは、慈雲尊者( 1718 ~ 1805 ) の書 「 不 見 」 で...

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光 明 「 光明尽有人人在 」

光 明   21 )光明尽有人人在なるべし光明自是人人在なり人人自有人人在なり光光自有光光在なり有有盡有有有在なり盡盡有有盡盡在なりこの一節は有 = たもつ ( 神妙に威儀を正す ) 時在 = その場所にあるという方程式を述べられてます積極的意志 ( 有 = たもつ )これを行使してこその 「 在 」道元禅師の方程式は威儀を正す、正せばこそって常に、行為と結果が 同時な方程式ですお話し転じてなぜ、遠くのものは、小さく見える...

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光 明 「 依報正報 」

光 明   20 )人人尽有光明とは渾人自是光明在なり光明といふは人人なり光明を拈得して、依報正報とせり「 主は、土の塵で人をつくり  命の息を吹き入れられた  命の息を吹き入れられた人は  生きる者となった      」..........................創世記自分以外に対して「 主 」 となるのはなんだかなぁ ・・ ですが自分が自分( 身体姿勢 ) の主となるは問題なさそう 、そう思われます自分が自分で自分へ、息...

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光 明 「 拈光爲道 」

光 明   19 )人人、自有、光明在と道取するをあきらかに聞持すべきなり百千の雲門をあつめて同参せしめ一口同音に道取せしむるなり人人、尽有、光明在は雲門の自構にあらず人人の光明みづから拈光爲道なり一部の稀な趣味人が坐禅 ( 威儀 ) をなさってこられたそれが事実と言えますでは、それに一般性はないかと言うと、ないどころか大ありどころじゃない! でしょうか「 光明在は、雲門の自構にあらず 」持って生まれて来る...

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光 明 「 傍観の現成といはず 」

光 明   17 )いま大師道の人人尽有光明在はのちに出現すべしといはず往世にありしといはず傍観の現成といはず威儀( 姿勢 ) を正すお辞儀して両股関節を押さえそのまま鳩尾を伸ばして大腰筋をはる、張力を引き出すこの垂直の張力に沿ってはく息は下り、すう息はのぼるこれだけの事です佐々木君は、おトボケな事考えてるんですね ! 確かにィ、です一方、この思考を分析してみるとこの思考は思考と実行実証結果に時差がないと...

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光 明 「 僧堂佛殿厨庫三門 」

光 明   16 )雲門山大慈雲匡真大師は如来世尊より三十九世の児孫なり法を雪峰真覚大師に嗣す佛衆の晩進なりといへども席の英雄なりたれか雲門山に光明佛の未曽出世と道取せんあるとき、上堂示衆云人人尽く光明の在る有り看る時見ず暗昏昏なり作麼生ならんか是れ諸人の光明在ること衆、対ふること無し自ら代て云く僧堂佛殿厨庫三門「 僧堂佛殿厨庫三門 」僧堂 - お家があって佛殿 - 仏を祀って厨庫 - 生活がある大慈雲匡真大師...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
61歳です。

師 沼田 勇 先生 ( 玄米 )
師 中川 宗淵 老師 ( 三島 龍沢寺 )
師 瀬島 龍三 先生 

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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生
















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