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行 持  下  「 達磨、東土に来たらず 」




正法眼蔵 行 持  下
 「 達磨、東土に来たらず 」

異日 i-zitu
雪峰 召 yo んで曰く
「備頭陀、何ぞ徧参 hen-san し去らざる 」

師曰く
「達磨、東土 to-do に来たらず
二祖、西天 sai-ten に往 yu かず 」 

雪峰、之 kore を然 sika りとす


 ( 別の日、雪峰禅師は
 ( 師備禅師を呼んで尋ねます
 ( 小欲を整えるならば
 ( なぜ、諸方に赴き
 ( 仏法を求めないのですか
 ( 師備禅師は答えます
 ( 達磨大師は中国に来られなかったし
 ( 二祖慧可大師はインドへ行っておられません
 ( 雪峰禅師はこれを聞いて
 ( その通りです。と頷きます


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 ( 達磨大師が
 ( 中国に来られて
 ( 仏法の実際である
 ( 坐禅の行を紹介されたがゆえの
 ( その後の展開です、しかしここでは
 ( 「 達磨、東土 to-do に来たらず 」 


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 ( 達磨大師は、二祖慧可大師は
 ( 雪峰禅師は、師備禅師は
 ( 仏法を求めて、どこへ行ったのでしょう
 ( 皆様どこにも行かなかった、と言えます
 ( そして同じところへ行った、とも言えます
 ( 行った、というよりは
 ( 同じことを行った、と言えます
 ( 皆、有限生身の身体へ
 ( 真上から己を投入し
 ( 己の鏡像をその身に映し出した


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 ( 坐禅の形
 ( 静かに身で十字を切ります
 ( これは多くの修行の中の一つ
 ( とは言えないし、ましてや
 ( 「 おまじない 」 や迷信でもない
 ( 六世紀、1500年前の
 ( 達磨大師に始まる坐禅の系譜は
 ( 祖師方の個性に依存しません
 ( この系譜は坐禅そのものに依存します
 ( 創世記に書かれてるような
 ( 人間創造の構造・意図に坐禅は合致してる
 ( それが坐禅の根拠であり
 ( 違う個性の方々が時代を超え
 ( 合致を見るのは、そのためと言えます


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 ( 自我意識・「 私 」 は
 ( この有限生身の身体の中で
 ( 感じ取られます
 ( しかし、自我意識・「 私 」 の本体は
 ( この世、この時空の
 ( どこを探しても見いだせないでしょう
 ( 自我意識・「 私 」 の本体は
 ( 姿・形と言う存在形態ではなく
 ( 「 これが私だ 」 と言う意識の中
 ( 自己を明らかにすると言えます


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 ( 「 これが私だ 」 と言う意識
 ( これをシミュレーションしてみます
 ( 後方背中から
 ( 記憶表象が流れて来ます
 ( 前方からは、期待希望
 ( 不安やあやうさが流れて来ます
 ( 二つの時間の流れに
 ( 真上から垂直に
 ( 「 これが私だ 」「 これが君だ 」
 ( と言う判断を下します




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 ( 過去から流れて来る時間
 ( 未来から流れて来る時間
 ( 今ここを規定する足下の現実
 ( すべてを包含して
 ( 「 これが私だ 」「 これが君だ 」
 ( と判断するには
 ( 二つの時間に対して垂直に
 ( 現実身体に対しては真っすぐ
 ( その判断を下さねばなりません



20201207SS00015.png

 ( 時空を超えた精神・自我が
 ( 時空と言う現実の中に
 ( 己を開示するには
 ( 時空 [ 身体 ] に対して十字・垂直に
 ( 働きかけねばならない
 ( これが美しい己の鏡像を創る摂理になってると








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正法眼蔵 

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