行 持 下 「 三年の功夫 」
- 2020/12/24
- 08:47
正法眼蔵 行 持 下
「 三年の功夫 」
のちに仰山 gyo-san きたり侍奉 zi-bu す
仰山もとは百丈先師のところにして
問十答百の鶖子 syu-si なりといへども
潙山に参侍して、さらに
看牛 kan-gyu 三年の功夫となる
近来は断絶し、見聞することなき行持なり
三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ

( その後
( 仰山禅師が来られ
( 潙山禅師を手本として
( 坐禅を組まれます
( 仰山禅師はそれまで
( 亡き師 百丈禅師のもとで
( 十問われれば百答えるような
( 舎利弗 syari-hotu みたいな方でした
( そのような方がさらに三年
( 潙山禅師のもとで
( 坐の十字架を修練なされます
( このようなことは近来絶えて
( 聞きおよびません
( さらに三年と、続けられる
( 仰山禅師の、この坐の行持は
( 私達を大いに鼓舞してくれます

( 坐の十字架
( どうしてそんなアプローチを
( 採用する必要があるのでしょう
( シュタイナー先生が残された
( 「 心魂十字図 」 です
( 中心へ集まる四要素は
( ぜんぜんまったく異質なもの
( 蝶々と象さん、ライオンと鳥さんが
( 同じテーブルに集まり
( 会食するようなです
( 外から見ると、あんこ最中にしか見えません
( でも実際は四色最中になってる
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