行 持 下 「 嶮 難 」
- 2020/10/02
- 12:01
正法眼蔵 行 持 下
「 嶮 難 」
しかあるに、かくのごとくの
嶮難 ken-nan あるさかひを
辞せず、いとはず
初祖西来する玄風
いまなほあふぐところに
われらが臭皮袋 syu-hitai ををしむで
つゐになににかせん
( 業の救済解放が
( 正法であり面壁坐禅です
( それが如何に理解しづらい事か
( 業自体は
( その業を自ら解放できません
( 自らの業を解放出来ない
( その業に
( 深く憑依されているのですから
( 業に憑依された人々は
( 自らの業を救済解放しなきゃ
( とは思えないわけです
( その人々に
( その業の救済解放の道を
( 説く事が如何に困難で無力であるか
( 達磨大師はそれをご承知の上で
( 中国に赴きました
( この必敗の戦いに挑む
( これが達磨大師の真価であり
( その家風と言えます
( 初祖達磨大師は
( そのような道を歩まれました
( 後進である私達に
( 何かおしむべきものが
( ありようがないのです

( 輪廻転生があるとします
( 地上生と地上生
( その中間期が想定されます
( 身体を失くした後
( 欲界を経て、神界へと進みますが
( 神界へ進む時
( 空港の持ち物チェックがなされる ?

( 危険物は
( 飛行機に神界へは持ち込めない
( 喜怒哀楽が凝固した
( 熱情や冷情は空港に置き止まる
( それは空港のロッカーに保管され
( 千年後、また地上に降り立つ時
( それを受け取り、新たな生を始める

( 業自体は
( その業を自ら解放できない
( そのわけは
( 欲界のロッカーに保存されてるから
( しは地上の特権であって
( 地上にあらずな欲界では
( しすこと、すなわち解消する事が
( 出来ない道理というわけです

( 達磨大師は
( 地上の特権であるしを行使します
( 内十字、その中心へ寂滅することで
( 自らの力では
( いつまでもしねない業に
( ピリオドを贈呈なされるわけです

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