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坐禅箴  「 しづむそこなき 」



坐禅箴  36)


魚もしこの水をゆくは行なきにあらず
行はいく万程となくすすむといへども
不測なり、不窮なり

はかる岸なし、うかむ空なし
しづむそこなきがゆえに
測度するたれなし



2020年01月16日02




正法眼蔵第十二巻は、「坐禅箴(Zazen Sin)」 でした


拠り所を背景とする
それを通常の「我」とするなら
すべての拠り所が消えても
いや、拠り所が消えてこそ
浮かび上がるのが
深奥にまどろむ「 自我 」でしょうか

普段は「人の四重奏」構造ゆえ
それのみ意識する能わず、なのかと

先人方が何故
「 腰腹の一点に鎮まる 」
これをなしえたのか?と問えます

この「自我」への信頼
それがあったから、と思えて来ます
初めに信頼があって
その他を消し去るに躊躇なかった
と言うより
ありゃこりゃ消し去っても
次元と言う拠り所すら消し去っても消えない
その冷静な観察から確信なされた
と推測されます


「 腰腹の一点に鎮まる 」

その実際は
拠り所をどんどん失えど消えず
その観察でしょうか




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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
61歳です。

師 沼田 勇 先生 ( 玄米 )
師 中川 宗淵 老師 ( 三島 龍沢寺 )
師 瀬島 龍三 先生 

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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生
















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