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行 持  「 露堂々 」



行 持  「 露堂々 」


雪峰 se´po 真覚大師義存和尚
かつて発心よりこのかた
掛錫 ka-syaku の叢林 so-rin および
行程の接待、みちはるかなりといへども
ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし
雪峰草創の露堂々にいたるまで
おこたらずして坐禅と同死す

 ( 雪峰山の真覚大師
 ( 義存和尚は
 ( 道を求めようと発心して後
 ( 叢林 so-rin での探求
 ( そして日々の生活は
 ( 順風満帆であったとは言えません
 ( 道、遥かなり とはいえ
 ( どこにいても
 ( 静謐坐禅に親しみました
 ( そして名高い「 露堂々 」 に至るまで
 ( 怠ることなく坐禅と同死したのです



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咨参 si-san のそのかみは
九上洞山、三到投子する
希世の辨道なり
行持の清厳をすすむるには
いまの人、おほく雪峰高行といふ

 ( 探求の時代
 ( 九回 洞山禅師 ( 807- 869 ) を訪ね
 ( 三回 投子和尚 ( 805- 914 ) を訪ねます
 ( 曖昧な理解をよしとしない
 ( 雪峰禅師の高潔さがよく表れています
 ( これが 「 雪峰高行 」 と呼ばれるものです



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雪峰の昏昧 kon-mai は
諸人とひとしといへども
雪峰の伶俐 rei-ri は
諸人のおよぶところにあらず
これ行持のしかあるなり
いまの道人、かならず
雪峰の澡雪 so-setu をまなぶべし

 ( 雪峰の愚かさは人々と同じです
 ( 曖昧な理解をよしとしない
 ( その伶俐 rei-ri さは
 ( 人々の及ぶ所ではありません
 ( 雪峰の伶俐 rei-ri さは
 ( その行、静謐坐禅に由来します
 ( 思考スキームが
 ( 現実に即していない事を
 ( 坐禅が教えてくれます
 ( 訂正される事のない普通の思考は
 ( 普通の生活では何の問題にもなりません
 ( しかしそれを坐禅の中に持ち込むと
 ( 坐禅が成立しないよう
 ( 坐禅が出来ているからです



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 ( 雪峰の澡雪 so-setu
 ( 雪を洗い清めるとはどう言う事でしょう
 ( 雪片、この結晶は
 ( 天球の星達が形成します
 ( 健全な雪の一生とは
 ( どのようなものでしょう
 ( 静寂から 「 一雪片 」 が生まれ
 ( そして、静謐の中へ消えゆきます
 ( 次次、静謐の中へと消えゆき
 ( 次次、静寂の彼方から
 ( 「 一雪片 」 は落ちて来ます
 ( 静謐への消解が
 ( 雪景色の継続を担保します



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しづかに雪峰の諸方に参学せし
筋力 kin-riki をかへりみれば
まことに宿有霊骨 syuku-u rei-kotu の
功徳なるべし

 ( 雪峰禅師は
 ( 曖昧な理解で
 ( よしと、しませんでした
 ( 曖昧な理解で坐しても
 ( 坐禅がそれを許さないからです

 ( 心を観察すると
 ( つかみどころがなく
 ( 霞のように感じられます
 ( かたや
 ( 雪峰禅師の探求心には
 ( 筋肉のような筋力が感じられます
 ( 何故でしょうか



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 ( 雪峰禅師は
 ( 九回 洞山禅師 ( 807- 869 ) を訪ね
 ( 三回 投子和尚 ( 805- 914 ) を訪ね
 ( どのような思考スキームを持って
 ( 坐ればいいのか常に修正研されています
 ( 漬物をつけて10年待つ
 ( そのような坐禅ではありません
 ( 商品開発後入念な
 ( 検証をなされる技術者のようです



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 ( 思考も色彩も音響も
 ( 辺境の静寂から現れ
 ( 坐の身十字中心の静謐へ消えゆく

 ( これ以外の思考スキームで坐しても
 ( 違和感という反応で
 ( 坐禅が修正を促します
 ( 雪峰禅師は坐禅の声に
 ( よく耳を澄まされた、といえます
 ( 「 坐禅の神様が宿られてた 」
 ( とも言えますが
 ( 誰が坐しても坐禅は同じですから
 ( その微かな反応をないがしろにしなかった
 ( 雪峰禅師の向き合い方で
 ( 坐禅の神様が自己を開示したと言えます



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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
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「国際交流のための坐禅会」

(ご希望に合わせ随時開催・参加費無料)

2006 東京国立博物館(上野) にて開催
2006~2015 仙台国際センターにて毎月開催
2022 ~  仙台 国見にて随時開催




何故、坐禅は継続出来るのか?
Why can zazen be continued? (2)


頭で天を衝き、腰を大地に埋める
With your head, hit the sky.
Bury your waist in the earth

身体(身長)の上限下限が明らかになります
骨格の上限下限が明らかになるとも言えます
The upper and lower limits of the body (height) will be revealed.
It can also be said that the upper and lower limits of the skeleton are revealed.

私達は身体(骨格)の先端に立ちます
これは寝てるような状態
骨格がフリーな状態になります
We stand at the tip of our body (skeleton)
This is like sleeping
The skeleton is in a free state




宮城県仙台市青葉区国見5-6-18
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )


仙台にお越しの折は
気軽にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 



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文章を通しての師

Rudolf Steiner 先生
Kōdō Sawaki
沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )


YouTube はこちらでした。
https://www.youtube.com/channel/・・・・








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