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記事一覧

正法眼蔵 弁道話 その10

正法眼蔵「弁道話」 10) 曰く、大師釈尊 霊山会上にして法を迦葉につけ 祖祖正伝して菩提達磨尊者にいたる 尊者みづから神丹国におもむき 法を慧可大師につけき これ東地の仏法伝来のはじめなり かくのごとく単伝して おのづから六祖 大鑑禅師にいたる このとき、真実の仏法 まさに東漢に流演して 節目にかかはらぬ宗あらはれき ときに六祖に二位の神足ありき 南嶽の懐譲と青原の行思となり ともに仏印を伝持して...

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正法眼蔵 弁道話 その 9

正法眼蔵「弁道話」 9) 貧道はいま 雲遊萍寄をこととすれば いづれの山川をかとぶらはん これをあはれむゆえに まのあたり大宋国にして 禅林の風規を見聞し 知識の玄旨を稟持せしを しるしあつめて 参学閑道の人にのこして 仏家の正法をしらしめんとす これ真訣ならんかも--------------------------------雲遊萍寄(うんゆうひょうき)萍(ひょう)は、浮草の事寄は、身を寄せるの(き)雲は自由に遊んでるけれど浮草の...

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正法眼蔵 弁道話 その8

正法眼蔵「弁道話」 8 ) いたづらに邪師にまどはされて みだりに正解をおほひ むなしく自狂によふて ひさしく迷郷にしづまん なにによりてか般若の正種を長じ 得道の時をえん--------------------------------道元禅師は帰国後当時の社会秩序・仏教界から何故排斥されたのか?です正しい正しくないいいの悪いの、その論争なら大した話しにならなかったしかし禅師の教育プログラムはすべてのお話しが坐禅を通して自己の主体...

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正法眼蔵 弁道話 その7

正法眼蔵「弁道話」 7) しかあるに 弘通のこころを放下せん 激揚のときをまつゆえに しばらく雲遊萍寄して まさに先哲の風をきこえんとす ただし、 おのづから名利にかかはらず 道念をさきとせん 真実の参学あらんか。---------------------------------正法眼蔵のスタートは帰国後4年目の1231年、道元禅師31歳の時です 「弘法衆生をおもひとせり」人々(衆生)のためになるこの教育プログラム(坐禅)を...

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正法眼蔵 弁道話 その6

正法眼蔵「弁道話」 6) 全公は、祖師西和尚の上足として ひとり無上の佛法を正傳せり あへて余輩のならぶべきにあらず 予かさねて大宋國におもむき、 知識を両浙にとぶらひ、 家風を五門にきく。---------------------------------1217年、17歳の道元禅師が師事した全公(明全)と言う方は建仁寺の栄西禅師の高弟であられた(栄西禅師はこの2年前 75歳で亡くなられています)どの道であれ師事した先生、上司先輩に対し「...

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