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記事一覧

行 持  「 栽 樹 」

行 持  「 栽 樹 」臨済院慧照 e-syo 大師は黄檗 o-baku の嫡嗣 tekisi なり黄檗の会 e にありて三年なり純一に辨道するに睦州 boku-syu 陳尊宿の教訓によりて仏法の大意を黄檗にとふこと三番するにかさねて六十棒を喫す ( 臨済禅師 ~867 は ( 黄檗禅師 ~850 の法をつがれました ( 黄檗禅師に師事して三年  ( 睦州 boku-syu という方にうながされ ( 仏法の大意を三度  ( 黄檗禅師に尋ねられます ( しかし...

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行 持  「 礫 reki のほとばしりて 」

行 持  「 礫 reki のほとばしりて 」香厳 kyo-gen の智閑禅師は大潙 dai-i に耕道せしとき一句を道得せんとするに数番つひに道不得なり ( 香厳寺の智閑禅師( ~898) が ( 潙山霊祐 izan-reiyu 禅師 (771~853) に ( 師事なされていた時 ( 一句で、道を述べようと試みました ( でも、考えがまとまらず ( 一句で表わす事が出来ませんでしたこれをかなしみて書籍を火にやきて行粥飯僧となりて、年月を経歴しき ...

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行 持  「 無為絶学 」

行 持  「 無為絶学 」寒爐 kanro に炭なくひとり虚堂にふせり涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐するたとひ一知半解なくとも無為の絶学なり、これ行持なるべし ( 暖をとる炭もなく ( 一人質素な御堂に住み ( 涼しき夜、とる明かりもなく ( 月明かりの窓辺に坐しても ( 何の手応えも感じません ( しかし、これこそが ( karuma に翻弄されてないという ( 「 無為 」 の道に他なりません ( わずかな手応えも...

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行 持  「 一器水瀉 sya 一器 」

行 持  「 一器水瀉 sya 一器 」南岳大慧 nan-gaku daie 禅師懐譲 ezyo 和尚そのかみ曹谿 sokei に参じて執侍すること十五秋なりしかうして伝道授業すること一器水瀉 sya 一器なることをえたり古先の行履 anri 、もとも慕古すべし ( 南嶽懐譲 禅師は ( nangaku ezyo 677-744 ( その昔、六祖の ( 大鑑慧能禅師に参じ ( 十五年間にわたり師事します、そして ( 「 一器の水を一器にそそぎ入れる 」 ( この大鑑...

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行 持  「 恩愛諸縁 」

行 持  「 恩愛諸縁 」仏祖も恩愛なきにあらずしかあれどもなげすてきたる仏祖も諸縁なきにあらずしかあれどもなげすてきたる。 ( 仏祖も恩愛を感じていました ( しかし、からまることはありません ( 仏祖も様々な諸縁を感じていました ( しかし、からまることはありませんたとひをしむとも自他の因縁をしまるべきにあらざるがゆゑにわれもし恩愛をなげすてずば恩愛かへりてわれをなげすつべき云為 uni あるなり (...

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行 持  「 怨 家 」

行 持  「 怨 家 」光陰なにとしてかわが功夫をぬすむ一日をぬすむのみにあらず多劫の功徳をぬすむ光陰とわれと、なんの怨家ぞ ( 過ぎ去る月日は ( 私に恨みでもあるのでしょうか ( 一日の修行を盗み ( 永劫の功徳をも盗み去りますうらむべし、わが不修のしかあらしむるなるべしわれ、われとしたしからずわれ、われをうらむるなり ( しかし、移りゆく時間には ( そんな悪意はありません ( 私がちゃんと対さ...

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行 持  「 明 窓 」

行 持  「 明 窓 」このゆゑにしりぬ、古来の仏祖いたづらに一日の功夫をつひやさざる儀、よのつねに観想すべし ( この一身は ( 二度と帰らぬ大事な今です ( さらに、 ( 森羅万象と言う名の古鏡 ( 天球の内面が ( すべてを反射しここへ光を集めます ( 一身は、この集光から形成されます ( 悠久の時をものともせず ( なした事なされた事は ( 返照 karuma として戻って来て ( 「 これが君なのだ ...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
( 5-6-18 kunimi Aobaku Senndai )

61歳です。

仙台にお越しの折は
何気にお寄り下さいませ

ご連絡先はコチラでした!
090-7325-5711



師 沼田 勇 先生 
師 中川 宗淵 老師 
師 瀬島 龍三 先生 


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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生










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