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記事一覧

行 持 「 その功徳、ときにあらはれず 」

行 持   6 )過去現在未来の諸佛の行持によりて過去現在未來の諸佛は現成するなりその行持の功徳、ときにかくれずかるがゆえに発心修行すその功徳、ときにあらはれずかるがゆえに見聞覚知せずあらはれざれどもかくれずと参学すべし 正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした「 その功徳、ときにあらはれず 」そこで神妙にしてなさい!One!別に何だっちゅう事ないですしかし何ですA.日々そう心がけてるB.まったくそう...

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行 持  「 諸人の実帰なるべし 」

行 持   5 )この行持によりて日月星辰あり行持によりて大地虚空あり行持によりて依正身心あり行持によりて四大五蘊あり行持これ世人の愛処にあらざれども諸人の実帰なるべし正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」でした神妙に威儀を正し静かに坐すこれが、「 はぁ ?? 」 なのは今も昔も同様であったと( 世人の愛処にあらざる )注目すべきは次の一節です行持これ世人の愛処にあらざれども「 諸人の実帰なるべし 」行 持 ( 威儀を...

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行 持  「 道環の功徳 」

行 持   4 )われらが行持によりてこの道環の功徳ありこれによりて佛佛祖祖、佛住し、佛非し佛心し、佛成じて断絶せざるなり正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした道環の功徳「 行き詰まらない 」と言う意味でしょうかでは、普段何に行き詰まっちゃうか?内面心象が、行き詰まっちゃう骨格筋肉呼吸が、行き詰まっちゃう極端話しでは生老病死に、行き詰まってるとも言えます----------------------------------「 そこで神...

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行 持  「 大道通達 」

行 持   3 )他もしらず、われもしらずといへどもしかあるなりこのゆえに諸佛諸祖の行持によりてわれらが行持見成しわれらが大道通達するなりわれらが行持によりて諸佛の行持見成し諸佛の大道通達するなり「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」諸佛諸祖の行持それが神妙だから「 Oneッ! 」となる神妙は鏡像してく、な関係でしょうかシュタイナー先生のレポートに世界の荘厳に感動する人の心が宇宙創造の推進力に...

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行 持  「 他を保任す 」

行 持   2 )この行持の功徳われを保任し、他を保任すその宗旨はわが行持すなはち十方の匝地漫天みなその功徳をかうむる正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」この自問自答をたもつそれを、[ 考える ] の Think でするか [ 身体で参加する ] の Take でするかどちらが正しいか? と言うよりThink ですると神経衰弱になっちゃうTake ですると心身健全勇猛となるような感じ...

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行 持  「 不曽染汚 」

行 持   1 )佛祖の大道かならず無上の行持あり道環して断絶せず発心修行、菩提涅槃しばらくの間隙あらず、行持道環なりこのゆえにみづからの強爲にあらず他の強爲にあらず、不曽染汚の行持なり 正法眼蔵 第十六巻 は「 行 持 」 でした行いをたもつえっ、どんな行いをするんですか?「 そこで神妙にしてなさい! 」「 Oneッ! 」この自問自答をたもつとは言うもののテントを張る、お家を建てる橋をかける、ビルを建てる...

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光 明 「 通身是眼睛時なり 」

光 明   26 )雪峰山真覚大師、示衆云僧堂前に、諸人と相見し了れりこれすなはち雪峰の通身是眼睛時なり雪峰の雪峰を見する時節なり僧堂の僧堂と相見するなり保福、挙して鵞湖に問ふ僧堂前は且く置く什麼の処か望州亭、烏石嶺の相見なる鵞湖、驟歩して方丈に帰る保福便ち僧堂に入るいま帰方丈、入僧堂、これ話頭出身なり相見底の道理なり、相見了也僧堂なり地藏院真応大師云、典座庫堂に入るこの話頭は、七佛已前事なり「 僧堂...

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光 明 「 有光佛、無光佛 」

光 明   25 )しかありしよりこのかた有佛殿の無佛なるあり無佛殿の無佛なるあり有光佛あり、無光佛あり無佛光あり、有佛光あり有無を言わさずと言う表現があります強引× 1,000 倍くらいでしょうかつべこべ言わんと!なんて述べようものならパワハラで糾弾されちゃいますこの一節は、何を言わんとしてるのか信長公、本能寺で明智光秀軍強襲を知りて「 是非に及ばず、弓をもて 」なんでそうなるのッ ? とか何か意味あります...

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光 明 「 人人にあらず 」

光 明   24 )いま道取する自代は雲門に自代するなり大衆に自代するなり光明に自代するなり堂佛殿廚庫三門に自代するなりしかあれども雲門なにをよんでか僧堂佛殿廚庫三門とする大衆および人人をよんで僧堂佛殿廚庫三門とすべからずいくばくの僧堂佛殿廚庫三門かある雲門なりとやせん七佛なりとやせん四七なりとやせん二三なりとやせん拳頭なりとやせん鼻孔なりとやせんいはくの僧堂佛殿廚庫三門たとひいづれの佛祖なりとも人...

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光 明 「 衆無対 」

光 明   23 )しばらく雲門にとふなんぢなにをよんでか人人とするなにをよんでか光明とする雲門みづからいはく作麼生是光明在この問著は、疑殺話頭の光明なりしかあれども、恁麼道著すれば人人、光光なり ときに衆無対たとひ百千の道得ありとも無対を拈じて道著するなりこれ佛祖使用伝の正法眼藏涅槃妙心なり雲門自代云、僧堂佛殿廚庫三門光明とは自らが自らに働きかけるその行為のことである「 自分が自分で自分に自分する ...

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光 明 「 尽 有 」

光 明   22 )しかあればしるべし人人尽有の光明は、現成の人人なり光光、尽有の人人なり「 有 」 も 「 在 」 もともに 「 ある 」 と読めますが道元禅師の 「 有 」 は向ける( 当てる ) の意の get に相応し道元禅師の 「 在 」 は加わっている の have を意味してる有 ( 向ける ) するから、在 が現成するさて、正法眼蔵この一巻は「 光 明 」 と題されていますこちらは、慈雲尊者( 1718 ~ 1805 ) の書 「 不 見 」 で...

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光 明 「 光明尽有人人在 」

光 明   21 )光明尽有人人在なるべし光明自是人人在なり人人自有人人在なり光光自有光光在なり有有盡有有有在なり盡盡有有盡盡在なりこの一節は有 = たもつ ( 神妙に威儀を正す ) 時在 = その場所にあるという方程式を述べられてます積極的意志 ( 有 = たもつ )これを行使してこその 「 在 」道元禅師の方程式は威儀を正す、正せばこそって常に、行為と結果が 同時な方程式ですお話し転じてなぜ、遠くのものは、小さく見える...

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光 明 「 依報正報 」

光 明   20 )人人尽有光明とは渾人自是光明在なり光明といふは人人なり光明を拈得して、依報正報とせり「 主は、土の塵で人をつくり  命の息を吹き入れられた  命の息を吹き入れられた人は  生きる者となった      」..........................創世記自分以外に対して「 主 」 となるのはなんだかなぁ ・・ ですが自分が自分( 身体姿勢 ) の主となるは問題なさそう 、そう思われます自分が自分で自分へ、息...

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光 明 「 拈光爲道 」

光 明   19 )人人、自有、光明在と道取するをあきらかに聞持すべきなり百千の雲門をあつめて同参せしめ一口同音に道取せしむるなり人人、尽有、光明在は雲門の自構にあらず人人の光明みづから拈光爲道なり一部の稀な趣味人が坐禅 ( 威儀 ) をなさってこられたそれが事実と言えますでは、それに一般性はないかと言うと、ないどころか大ありどころじゃない! でしょうか「 光明在は、雲門の自構にあらず 」持って生まれて来る...

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光 明 「 傍観の現成といはず 」

光 明   17 )いま大師道の人人尽有光明在はのちに出現すべしといはず往世にありしといはず傍観の現成といはず威儀( 姿勢 ) を正すお辞儀して両股関節を押さえそのまま鳩尾を伸ばして大腰筋をはる、張力を引き出すこの垂直の張力に沿ってはく息は下り、すう息はのぼるこれだけの事です佐々木君は、おトボケな事考えてるんですね ! 確かにィ、です一方、この思考を分析してみるとこの思考は思考と実行実証結果に時差がないと...

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光 明 「 僧堂佛殿厨庫三門 」

光 明   16 )雲門山大慈雲匡真大師は如来世尊より三十九世の児孫なり法を雪峰真覚大師に嗣す佛衆の晩進なりといへども席の英雄なりたれか雲門山に光明佛の未曽出世と道取せんあるとき、上堂示衆云人人尽く光明の在る有り看る時見ず暗昏昏なり作麼生ならんか是れ諸人の光明在ること衆、対ふること無し自ら代て云く僧堂佛殿厨庫三門「 僧堂佛殿厨庫三門 」僧堂 - お家があって佛殿 - 仏を祀って厨庫 - 生活がある大慈雲匡真大師...

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光 明 「 皮肉骨髓 」

光 明   15 )佛道に修證する尽十方界は髑髏形骸、皮肉骨髓なり正法眼蔵には何が書かれてるのでしょう?「 出身の活路 」 が書かれてる家にこもりっきりそれでは息づまっちゃうお外で新鮮な空気を吸わなきゃとなります威儀( 姿勢 ) を正すお辞儀して両股関節を押さえそのまま鳩尾を伸ばして大腰筋をはる、張力を引き出すこの垂直の張力に沿ってはく息は下り、すう息はのぼるこれだけの事ですが身体 ( 髑髏形骸、皮肉骨髓 ) を...

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光 明 「 髑髏七尺 」

光 明   14 )尽十方界は是自己なり是自己は尽十方界なり廻避の余地あるべからずたとひ廻避の地ありともこれ出身の活路なり而今の髑髏七尺すなはち尽十方界の形なり、象なり出歩かないこれは異常事態です一方、佛道を修証するにはまたとないチャンス家の中でのあらゆる動作心作じゃなく動作、それをPKシュート動き出し モードにプロポーズ ? 開口一秒前 モードに骨格・筋肉・呼吸( 髑髏形骸、皮肉骨髓 )これに精神を打ち込...

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光明 「 証 験 」

光 明   13 )草木牆壁、皮肉骨髓これ光明の赤白なり烟霞水石、鳥道玄路これ光明の廻環なり自己の光明を見聞するは値佛の証験なり、見佛の証験なり「...................一方では、自我と......................物質体および感覚器官が直接対峙する......................それらはエーテル体( 過去→未来 )( 生命 )と ......................アストラル体( 未来→過去 )( 感受 )の流れに......................直角に交わる........

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光 明 「 修証はなきにあらず 」

光 明   12 )生死去來は、光明の去來なり超凡越聖は、光明の藍朱なり作佛作祖は、光明の玄黄なり修証はなきにあらず、光明の染汚なり「 修証はなきにあらず 」祖師方の御提示なされしものそれはきちぃっと威儀を正した骨格・筋肉・呼吸それをその中から感じるよう自己を投入した状態感性そこにおいての 「 ありのまま 」と言えますある意味ぜんぜん「 ありのまま 」ではありませんとは言えきちぃっと威儀を正せば逆にそっちの...

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光 明 「 尽十方界 」

光 明   11 )しかあれば明明の光明は百草なり百草の光明、すでに根莖枝葉花菓光色、いまだ与奪あらず五道の光明あり、六道の光明あり這裏是什麼処在なればか説光説明する云何忽生山河大地なるべし長沙道の尽十方界是自己光明の道取を審細に参学すべきなり光明、自己、尽十方界を参学すべきなり「 自分が自分で自分を自分する 」坐禅 ( 威儀 ) を要約された澤木興道老師のコメントでしたその実際はお辞儀をして両股関節を押さ...

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光 明 「 佛光をみて 」

光 明   10 )しかありといへども韓文公なほ佛書を見聞せざるところありいはゆる佛光非青黄赤白等の道いかにあるべしとか学しきたれる卿もし青黄赤白をみて佛光にあらずと参学するちからあらばさらに佛光をみて青黄赤白とすることなかれ憲宗皇帝もし佛祖ならんにはかくのごとくの宣問ありぬべし「 自分が自分で自分を自分する 」これは坐禅 ( 威儀 ) を要約された澤木興道老師の言葉です「 佛光をみて  青黄赤白とすることな...

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光 明 「 文公無対なり 」

光 明   9 )唐憲宗皇帝は穆宗、宣宗、兩皇帝の帝父なり敬宗、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり佛舍利を拜請して入内供養のちなみに夜放光明あり皇帝大絓し、早朝の群臣みな賀表をたてまつるにいはく陛下の聖徳聖感なりときに一臣あり韓愈文公なり。字は退之といふかつて佛祖の席末に参学しきたれり文公ひとり賀表せず憲宗皇帝宣問す群臣みな賀表をたてまつる卿なんぞ賀表せざる文公奏對す微臣かつて佛書をみるにいはく佛光は青黄...

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光 明 「 眼睛裏 」

光 明   8 )これ話頭光なり此光は佛光なり照東方は東方照なり東方は彼此の俗論にあらず法界の中心なり、拳頭の中央なり東方を礙すといへども光明の八両なり此土に東方あり、他土に東方あり東方に東方ある宗旨を参学すべし万八千といふは万は半拳頭なり半心なりかならずしも十千にあらず万万百万等にあらず佛土といふは、眼睛裏なり照東方のことばを見聞して一條白練去を東方ひきわたせらんがごとくに憶想参学するは学道にあら...

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光 明 「 佛 土 」

光 明   7 )いはゆる佛の光明は尽十方界なり尽佛尽なり、唯佛与佛なり佛光なり、光佛なり佛は佛を光明とせりこの光明を修証して作佛し、坐佛し、證佛すこのゆえに此光照東方万八千佛土の道著あり.............................「 神を見る事は出来ないが.............................  神をする事は出来る   」...........................................澤木興道 (1880 - 1965)神妙に、身体で十字を切るこれがとりも...

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光 明 「 胡 乱 」

光 明   6 )漢より隋唐宋および而今にいたるまでかくのごとくの流類おほきのみなり文字の法師に習学することなかれ禪師胡乱の説、きくべからず胡 Koは、でたらめ乱 Ranは、むやみにみだれる「 光 明 」を視聴覚の対象や思考信条の対象そのようにイメージしてしまうこれが「 胡 乱 」であるでは、そうならないためにはどうしたらいいのか姿勢を正す、威儀を正すそうなるわけですが如何せん、はいッそうですかはいッ!そうですね...

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光 明 「 眼 睛 」

光 明   5 )転疎転遠の臭皮袋おもはくは佛光も自己光明も赤白青黄にして火光水光のごとく珠光玉光のごとく龍天の光のごとく日月の光のごとくなるべしと見解す或従知識し或従経巻すといへども光明の言教をきくには螢光のごとくならんとおもふさらに眼睛頂頁の参学にあらず祖師方の言葉は辛辣と言えば辛辣です「 臭皮袋 」この身体の事でしょうかしかし、この身体が大事貴重な身体となるか臭皮袋となるかはピント外れな ( 転疎転...

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光 明 「 疎 遠 」

光 明   4 )それよりさきは佛の光明を見聞せるなかりきいはんや自己の光明をしれるあらんやたとひその光明は頂より擔来して相逢すといへども自己の眼睛に参学せずこのゆえに光明の長短方円をあきらめず光明の卷舒斂放をあきらめず光明の相逢を却するゆえに光明と光明と転疎転遠なりこの疎遠たとひ光明なりとも疎遠に礙せらるるなり。自らの意志を発揮して呼吸の上下を監視するこの注意力をもう一人の自分から見るとまるで 「 ...

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光 明 「 正伝 」

光 明   3 )震旦國、後漢の孝明皇帝帝諱は莊なり、廟号は顕宗皇帝とまうす光武皇帝の第四の御子なり孝明皇帝の御宇、永平十年戊辰のとし摩騰、竺法蘭、はじめて佛を漢國に伝来す焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し佛の力をあらはすそれよりのち梁武帝の御普通年中にいたりて初みづから西天より南海の広州に幸すこれ正法眼藏正伝の嫡嗣なり釋牟尼佛より二十八世の法孫なりちなみに嵩山の少室峰少林寺に掛錫しまします法を二太禪...

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光 明 「 転疎転遠 」

光 明   2 )仏道の参学かならず勤学すべし転疎転遠なるべからずこれによりて光明を学得せる作家まれなるものなり 自家の坐牀(Zasyo)を 抛却(Hokyaku)して みだりに他国の塵境(Zinkyo)に去来せん「 普勧坐禅儀 」の一節でしたぼやっとしてるこれは分かりますが喜怒哀楽のフレーズを内面で大声で歌ってるこれがみだりに他国の塵境(Zinkyo)に去来してるそうは、なかなか思えませんどんな時自家に帰っているんでしょう...

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光 明 「 尽十方界 」

光 明   1 )大宋國湖南長沙招賢大師上堂示衆云尽十方界、是れ沙門の眼尽十方界、是れ沙門の家常語尽十方界、是れ沙門の全身尽十方界、是れ自己の光明尽十方界、自己の光明裏に在り尽十方界、一人として是れ自己にあらざる無し正法眼蔵 第十五巻 は「 光 明 」 でしたこちらの お写真「 Balance Board 」 椅子の上 でした尽十方界、身体で十字を切るこのような不安定な上に坐りますと俄然、きちぃ縦線を引かんとすそのテンシ...

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空 華 「 地空ともに 」

空 華   59 )蓋国買無門は蓋國買はなきにあらず買無門なり従地発の空華あり従花開の盡地ありしかあればしるべし空華は、地空ともに開発せしむる宗旨なり正法眼蔵 「 空 華 」ラスト一節でした 。泣きたくなる時もある踊りたくなる時もある心魂は、有為転変なる哉です色々あるけど精神 ( 空 ) を一本この身 ( 地 ) に通してしゃんと威儀を正す大樹、千年の四季を覧すでしょうか ....

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空 華 「 従 地 」

空 華   58 )師いはく空華地より発け、蓋国買ふに門無しこの道取、ひとへに自余の道取に準的すべからずよのつねの方は空花の空花を論ずるには於空に生じてさらに於空に滅するとのみ道取す従空しれる、なほいまだあらずいはんや従地としらんやただひとり石門のみしれり従地といふは初中後、つひに従地なり発は開なりこの正當恁麼のとき従尽大地発なり、従尽大地開なり身体の中を空花 ( 精神 ) が上下する上下する時身体は地華...

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空 華 「 山中の宝 」

空 華   57 )大宋國石門山の慧徹禪師は梁山下の尊宿なりちなみに僧ありてとふ如何ならんか是れ山中の宝この問取の宗旨はたとへば如何ならんか是れ佛と問取するにおなじ如何是道と問取するがごとくなり師いはく空華地より発け、蓋國買ふに門無し「 門無し 」何かの協会団体が秘密?を隠しておられる独占販売?なされてるそうではありませんそれは open なものですこれが、慧徹禪師の立ち位置でしょうか空華・山中の宝は、悟る...

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空 華 「 逞風流 」

空 華   56 )佛佛祖祖の道取する空華地華の宗旨それ恁麼の逞風流なり空華の名字は經師論師もなほ聞及すとも地華の命脈は佛祖にあらざれば見聞の因縁あらざるなり地花の命脈を知及せる佛祖の道取あり「 地華の命脈 」祖師方のオシャレなところそれは、理想の天を見上げていないトコこの身をシャンとする威儀を正す視線はいつも逆十字になされてる形の奥に精神を見るそう向かわず精神が形を形成する =形そのものが、精神であ...

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空 華 「 欲識すれば 」

空 華   55 )いまひとへに十方佛と欲識すれば眼中花にあらずひとへに眼中花と欲識すれば十方佛にあらざるがごとしかくのごとくなるゆゑに明得未明得、ともに眼中花なり、十方佛なり欲識および不是すなはち現成の奇哉なり、大奇なり「 欲識すれば 」これは、前後左右上下それを見渡そうとするその何気ない習慣でしょうかつい、見てしまいます神妙なれば視線は逆向きになります神妙なれば十方がここに腰腹に集まってこられる....

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空 華 「 おのづから 」

空 華   54 )眼中花は無にあらず有にあらず空にあらず実にあらずおのづからこれ十方佛なりある決定が、869年コンスタンチノープルのキリスト教公会議でなされました人とは、「 身体 と 心 」 のことでも、プラトンもアリストテレスも一般の人々もそれまでは人とは、「 身体 と 心 と 精神 」 のことそう自然に考えてました精神は、教会が人々に付与するものと、規定したわけです.....

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空 華 「 眼中花 」

空 華   53 )しるべし、十方佛の実ならざるにあらずもとこれ眼中花なり十方諸佛の住位せるところは眼中なり眼中にあらざれば諸佛の住処にあらず眉間・人中・鳩尾と身体に沿って息を吐く息を吸う時は背面を上がる呼吸法と言えば呼吸法ですが ・・これは地球と言う星に一本、垂線を打ち込んでる記念碑を立ててる、とも言えます「 とも言えます 」 これはどうとでも言えます、とも言えますがどう云うかで心魂の立ち位置が変わっ...

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空 華 「 過十方佛 」

空 華   52 )此に於て明得すれば過十方佛に在り若し未だ明得せずは声聞作舞し、独覚臨粧す過十方佛「 過 」は、「 とおりすぎる 」車でも新幹線でも車窓を風景が通り過ぎて行きます左端から現れ、右端に見えなくなる前から現れ、後方に見えなくなるこのような展開に馴れてます坐禅、威儀を正す時ストーリーはどう過ぎゆくでしょうか未来・今・過去三つの時間が腰腹中心へ見えなくなるよう、流れて行く威儀を正すと言う単純な...

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空 華 「 眼中の花なり 」

空 華   51 )眼中の花を識らんと欲はば元是れ十方佛なり十方佛を識らんと欲はば是れ眼中華にあらず眼中花を識らんと欲はば是れ十方佛にあらず己なりけり軒の玉水天より下り、天へ上る一滴の雨水その雨水には天空の星々が映ってます天空が原像十方佛が原像で水滴に映りしが、鏡像眼中に映りしが、鏡像原像と鏡像は親子だけど別ものであるこれがこの一節の意でしょうか.....

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空 華 「 眼中の花なり 」

空 華   50 )瑯揶山広照大師いはく奇なる哉十方佛元より是れ眼中の花なり後光さす仙人のような方神仏を擬人化するのはほぼ無意識にてなす哉です十方に十人の神々が立ってるこのイメージはなかなか強固です正法眼蔵の核心は威儀を正す坐禅の態度、その姿とすると「 十方佛 」 は「 一本の威儀 」 に = かと吐く息が身体前面を下り吸う息が身体背面を上るこれにより魂底で無意識に経験している「 空 華 」 が意識化されると....

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空 華 「 眼花開明 」

空 華   49 )眼花を空花とはいふ眼花の道取、かならず開明なり地球の廻りを、太陽が巡ってるいや太陽の周りを、地球が回っているこの風景の違いは観察地点、それは何処なのかカメラは何処に置かれてるのかそれで、それぞれ真なり哉正法眼蔵は坐禅、威儀を正したそこから見た風景なのでこの 「 眼花 」 はその時の、眼花と推測されます....

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空 華 「 一 眼 」

空 華   48 )おほよそ一眼の在時在処かならず空花あり、眼花あるなり威儀を正すと言う体育と「 一 眼 」 と言う感覚系の言葉体育が感覚系とリンクするのが正法眼蔵の根幹でしょうかとは言え「 そこでしばらく  静か神妙にお坐り下さい 」と言われてはぁはぁ、って合点実行出来うるにはご修行が多少 必要でしょう....

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空 華 「 千 眼 」

空 華   47 )乱墜は千眼なり、通身眼なり威儀を正す眉間・人中・鳩尾と身体前面に沿って垂線を落とす眉間・人中・鳩尾と沿えばこの垂直、実際は曲線となりますイメージとしては真下へ垂直直線的に落とす音楽の最後の一節 ( 乱 )これが、落ちる ( 乱 墜 ) 現実は流動新鮮なはずでも実際はいつも「 一節 」 に 拘束されちゃうこれが日常なので威儀を正すは、非日常となります....

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空 華 「 全機現 」

空 華   46 )空花在眼、一翳乱墜一眼在空、衆翳乱墜なるべしここをもて翳也全機現、眼也全機現空也全機現、花也全機現なり「 乱 」は( 音楽の最後の一節 ) の意味「 乱 墜 」( 音楽の最後の一節 ) が落下する小雨の時も、大雨な時もWiper が前後の見通し、確保してくれます....

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空 華 「 眼を現成せり 」

空 華   45 )翳をもて眼を現成せしむ眼中に空花を現成し空花中に眼を現成せりこの一節「 眼 」 と言う言葉正法眼蔵の 「 眼 Gen 」 でした姿勢を自らの意志で操作するこれは単純な事ですこの単純な事をしてる時私達はちょっぴり身体から離れますその時、目に映る風景はがっちり身体に埋没してる時とは明らかに違うこれは確認出来うる経験です....

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空 華 「 乱 墜 」

空 華   44 )しかあればしるべし翳花の乱墜は佛の現成なり眼空の花果は佛の保任なり自分で自分の身体へ垂線を打ち込むこの威儀を正すと言う態度この垂直な積極性から想定外の今ここが立ち上がる「 乱 」には( 音楽の最後の一節 ) の意味があります「 乱 墜 」( 音楽の最後の一節 ) が落下する何か Clearな視野が開くような....

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空 華 「 一翳眼 」

空 華   43 )一翳眼に在れば、空花乱墜すいま帰宗道の一翳在眼空花乱墜は、保任佛の道取なり眉間・人中・鳩尾と身体前面に沿って垂線を落とす威儀を正す、姿勢を操作する己の身体に垂線を打ち込むその時この時どんな感じがするのかしら何となく身体から離れた感じがしますガチィ身体にこもってたそれと比較すると、身体を「 翳 Kage 」 のように感じる....

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空 華 「 如何が保任せん 」

空 華   42 )大宋国福州芙蓉山霊訓禅師初め帰宗寺の至真禅師に参じて問ふ如何ならんか是れ佛我れ汝に向つて道はんに汝また信ずるや否や師云和尚の誠言、何ぞ敢て信ぜざらん帰宗云即ち汝便ち是なり師云如何が保任せんQ 「 ......佛とは如何なるものですか?  」A 「 ......信じる事が出来ますか ? 」一見トンチンカンな会話です信 には [ 同じ所に二泊する ]と言う意味もあります「 ......同じ所に二泊出来ますか? 」...

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空 華 「 諸 法 実 相 」

空 華   41 )いま見聞する三界は空花の五葉開なるゆえに不如三界、見於三界なりこの諸法実相なり、この諸法華相なり乃至不測の諸法、ともに空花空果なり梅柳桃李とひとしきなりと参学すべし現実・実際これらの言葉を普段何気に使ってます普段真面目にその意味考えることはありませんが見た聞いた触った確かにそうなんですが現実の中には時間が含まれてます一瞬一瞬変化進化流動してるこの一面を正確に思考 Simulation してみ...

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プロフィール

佐々木 正巳

Author:佐々木 正巳
佐々木正巳 
宮城県仙台市在住 
61歳です。

師 沼田 勇 先生 ( 玄米 )
師 中川 宗淵 老師 ( 三島 龍沢寺 )
師 瀬島 龍三 先生 

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文章を通しての師

沢木 興道 老師 ( 曹洞宗 )
Rudolf Steiner 先生
















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